国会で憲法の在り方を論議する憲法調査会が二〇〇〇年一月、衆参両院に設置されて五年目。今年は最終報告を取りまとめる期限に当たる。十九日に始まる通常国会は、改正の是非を問う「国民投票法案」の扱いなど、憲法問題が主要政治テーマに浮上。昨年十月の衆院解散を機に政界から引退するまで、憲法調査推進議員連盟(中山太郎会長)副会長として同法案作りを率先した粟屋敏信氏(無所属ク、元広島2区)に、今後の展望などを聞いた。
(編集委員・小野浩二)
「国の在り方」 前面に/国民投票法の成立急げ
―憲法問題が主要テーマに浮上しています。
結論から言えば、論議はもう尽きている。国会は、まとめに入るべき段階だ。衆参両院に憲法調査会を設置したとき、五年後に最終報告をまとめることを決めた。今年、それができなければ、何をしていたのかということになる。
―中川秀直自民党国対委員長(広島4区)が、憲法問題を論議する意向を示しました。
中川氏は今月上旬、広島市内で「国民投票法案の議論を今国会で始めるべきだ」と発言。与党と民主党の協議機関設置を呼び掛けるなど、憲法問題の口火を切った。私は昨秋政界から引退するまで、超党派でつくる憲法調査推進議員連盟で、副会長と国民投票制度小委員会座長を兼務。国民投票法案の取りまとめ役を担い、議連総会の了承を得て百三条から成る法案を作った。今でも要請があれば国会で趣旨説明をし、早期成立を呼び掛けたい気持ちだ。
「政争の具」回避を
―憲法に国民投票を含む改正条項があるのに、法整備がされていないのはなぜですか。
立法機関である国会の怠慢と言われても仕方ない。議連で合意した国民投票法案を各党に持ち帰ったが、自民党が公明党の消極姿勢に遠慮したためか党内議論をまとめ切れず、腰が引けてしまった。自民党がこの法案を今国会で成立させる考えなら、まずは党の方針をしっかり固めるべきだ。民主党との協議機関を設けることで、公明党を議論の舞台に乗せようという意向かもしれないが、責任政党としての自覚を持つことが先決だ。
―国民投票法案の今国会提出は、七月の参院選への思惑などから、現状では流動的です。
参院選後は当分の間、国政選挙がなさそうなので、その時期に憲法問題を前進させるべきだとの意見もある。しかし、過去の憲法論議が常に選挙を意識した与野党攻防に巻き込まれ、一向に前進しなかったのは不幸なことだ。与野党が政争の具にしている限り、問題は片付かない。
―国民投票法案を取りまとめるうえで、意見が分かれたポイントは何がありますか。
一つは、憲法改正を国会が発議するためには衆参両院で三分の二以上の賛成が必要と定めてあるのに、国民投票で賛否を問う場合は過半数の賛成でいいのかという点。国民投票も三分の二の賛成が必要ではないかとの意見もあったが、法案は過半数でいいという結論に落ち着いた。もう一つ、憲法改正案は一括して国民に賛否を聞くのか、個別条項ごとに賛否を聞くのかという点。個人的には国会で意見集約して一括して聞くのがいいと思うが、最終的には実施するときの政権の判断に任せることにした。
―自民、民主の両党は今月の党大会で、独自の憲法草案をまとめる方針を打ち出しました。
自民党は結党五十年の〇五年に草案をまとめるというが、小泉純一郎首相は道路公団や郵政の民営化ばかりでなく、根本的な「国家観」を打ち出すべきだ。憲法問題は、国際情勢や国民の価値観が大きく変わったのを受け、「国の在り方」を問う問題だ。一方、民主党は〇六年までに草案をまとめる方針だが、憲法論議そのものに反対する勢力が党内にいる。村山富市元首相当時の社民党のように、いったん政権を担ってみれば、反対派も現実的な対応ができるようになると思う。
いびつなタブー視
―憲法論議というと、まずは九条と自衛隊、集団的自衛権の問題が焦点になります。
今もイラクへの自衛隊派遣や北朝鮮などを想定した有事法制の議論で、どうしても真っ先に九条が問題になる。それはそれで大切だが、憲法改正が右傾化、軍事大国化に直結するという短絡的な議論が長年続いた歴史は情けない。米国の憲法は十八回、ドイツの国家基本法は四十六回改正されるなど諸外国の情勢と比べれば、五十年以上もの間、改憲論議自体がタブー視されてきたわが国の状況はあまりにもいびつと言わざるを得ない。
―改正論議の対象とすべき条項は、他に何を想定していますか。
国の形としてはまず、目指すべき国家像を打ち出すとともに、「地方主権」について明記する必要がある。さらに、国会が現在のような衆参二院制のままでいいのかどうか。個人レベルでは、環境権やプライバシー権をどう盛り込むかなどの論議も大切だ。
―国民を巻き込んだ憲法論議が必要では。
政治家は国政選挙など機会あるごとに、もっと活発に憲法問題を訴えるべきだ。わが国も二大政党制に近づき、改正発議に必要な国会議員の三分の二以上の勢力をまとめることが可能な状況になった。議論の盛り上げを期待している。
現状追認への傾斜 危ぐ
現憲法を改正する「改憲」、現憲法を守る「護憲」、憲法の在り方を議論する「論憲」、新しい憲法をつくる「創憲」、現憲法に条文を追加する「加憲」…。こうした憲法問題にかかわる数々の言葉が生まれる背景に、扱いによっては政治舞台で大きな対立の火種になりかねない、この問題のデリケートさがある。
粟屋氏が指摘するように、憲法論議そのものをタブー視する風潮は二十一世紀を迎えて弱まり、各種世論調査の結果にもその傾向が表れている。最近の衆参両院選挙では「護憲勢力」と呼ばれる共産、社民党が急速に衰退。ただ、テロや地域紛争など国際情勢の「現実対応」に目を奪われ、自衛隊海外派遣など現状追認になる危険は問題点だ。「理想憲法」の精神をどう生かすかの論議こそ、大切ではないだろうか。
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