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2004/2/1
WTO交渉と日本農業 全国農業協同組合中央会会長 宮田勇氏に聞く

農の付加価値 主張粘り強く

 二十一世紀初頭の自由貿易のルールづくりを目指す世界貿易機関(WTO)の新多角的貿易交渉(新ラウンド)で、日本農業が一段と自由化を迫られている。併せて進む自由貿易協定(FTA)締結の流れも逆風を増す。生産性の低い農業が抱えるこの古くて新しい課題にあらためてどう対応すべきか。世界的に農畜産物の安全の基盤が大きく揺れる状況を踏まえ、生産者団体である全国農業協同組合中央会(全中)の宮田勇会長に聞いた。

(東京支社・村上昭徳)

 環境保全や景観の形成 国民理解が鍵

 ―食料自給率の向上に向けた農業政策の必要を主張する農業団体にとって、食の安全を脅かす最近の動きは一面、好機でもあるのでは。

 米国産牛肉でまたクローズアップされた牛海綿状脳症(BSE)や、鳥インフルエンザの多発で明らかなように、国内で気をつけても連鎖的に騒動に巻き込まれる可能性は避けられない。食料の大部分を国外に頼ることの危険性を考えてほしい。食料は防衛、エネルギーと並ぶ国の安全保障の根幹をなすもので国力のあかし。国民が安心できるよう自給率は高い方が望ましい、ということが理解されるきっかけになってほしいと思う。

 生産体制整える

 ―とはいえ国内でも産地偽装表示や消費期限切れの鶏卵販売など、安全への信頼を揺るがす不祥事が絶えません。

 明らかに農業者の責任であり、大変申し分けなく反省している。消費者の皆さんに国内の農畜産物は安心だ、ということを保障する仕組みづくりを強化したい。ともかく農産物の生産履歴記帳運動の徹底を図る。データを蓄積し、いつでも資料を提供できる責任ある生産体制を整えて信頼回復に努めたい。

 ―新ラウンドの農業交渉では、米国などが求めているコメなどの高関税の大幅引き下げにどう対抗するかが焦点ですね。

 農産物輸出大国の米国やオーストラリアなどは、自国の利益だけに偏重した主張をし、自由貿易論を振りかざして「市場をもっと開放しろ」と強硬に迫ってくる。他国の産業の事情をまったく考慮しない。家族労働が主体で中小規模の日本農業と、生産規模が格段に大きい米国の農業では、生産コストが大きく違う。要求をそのままのめば、コメの価格は大幅に下がって米作は苦境に追い込まれ、自給率はさらに下がる。

 ―繰り返される議論ですが、貿易立国の日本が工業製品を輸出する一方、農産物貿易には障壁をつくるということが可能でしょうか。

 日本の中にも、工業製品を輸出する代わりに食料は全部海外から買えばいいという極論もある。国の将来を無視した短絡的な考え方と言わざるを得ない。工業製品は資材さえあればどこでも生産できるが、農地は一度荒れたら簡単には元には戻せない。今も食料自給率は40%と先進国では極端に低い。つまり60%も輸入しているのに「もっと買え」と圧力をかけてくるのはいかがなものか。日本の将来を無視したむちゃくちゃな考え方だ。

 ―交渉での日本の主張のポイントは。

 全中と政府、自民党の三者で作成し、二〇〇二年にWTOに提出したモダリティ(大枠)日本提案が大前提になる。関税の一律的・急進的な削減方式を拒否し、不必要な量を抱えるようになるコメのミニマムアクセス(最低輸入量)の削減などが譲れない線だ。そのおおもとの主張は、各国の農業の持続的な発展と農業が持つ多面的機能の発揮を保証せよということだ。それがWTOの重要な責務といいたい。日本提案は柔軟性のある現実的な大枠であり、すべての国が受け入れ可能なものであるはず。政府には提案に沿って、粘り強く交渉を進めてもらいたい。

 政策介入は必要

 ―農業の持つ多面的機能の意義は、新農業基本法の柱の一つにも掲げられながら国民への浸透はいまひとつですね。

 農業団体としてもっとアピールしなければいけない。政府の啓発活動も十分とはいえない。水田農業は国土や自然環境の保全、水源かん養や良好な景観形成など有形、無形の価値をつくり出す経済活動だ。経済協力開発機構(OECD)でも共通認識が形成されている。全中の算定では多面的機能を金額評価すると年間八兆二千二百二十六億円になる。多面的機能は輸入貿易では得られず、長年続けてきた農業の営みによってだけ得ることができる。だからこそ農業に政策的な介入が必要なのだ。農業者以外にも広く認識を深めてもらいたい点だ。

 ―一方で生産性向上への努力も求められます。株式会社などの農業分野への新規参入はメリットにつながりませんか。

 新規参入自体には賛成だが、株式会社に農地を取得させることは大きな間違い。農業の資本回収率は極めて低く、年月もかかる。大規模な農地を取得しても、うまくいかず工場や産廃処理場に転用される可能性もある。無造作に計画性のない新規参入者が相次げば、水管理など地域の農地を維持するための保全作業がおろそかになり、地域内のバランスが崩れてしまう。参入のあり方にはもっと議論が必要だろう。


 信頼築く努力を

 いったい何を食べればいいのか。食の安全をめぐる最近の状況にはもう、うんざりという感じだ。農業団体が推進し、次第に市民権を得てきた「地産地消」運動の意義がますます高まっていることを痛感する。

 その基盤を揺るがすのが農産物の輸入攻勢である。コメの場合で実質490%という日本の農産物の高関税を米国は攻撃している。要求をのめば生産基盤そのものが危機に陥るだろう。といって消費者の理解なしに「障壁」を設けてもコトはすまない。

 宮田会長の主張するように農業の多面的機能という付加価値を消費者が認めてはじめて、輸入物に価格では対抗できない地場産品も、市場で競争力を保つことができるということではないか。

 そのためには政府、農業団体が啓発活動を強める必要があるのは当然である。併せて農産物の安全性に対する信頼を得る努力が求められる。

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「食料の60%を輸入している日本に『もっと市場を開放しろ』と迫ってくるのはいかがなものか」と語る宮田氏(東京・大手町のJAビル)
 みやた・いさみ 9年北海道立札幌南高卒。北海道石狩郡にある新篠津村農協の監事、専務理事を経て94年代表理事組合長。99年6月北海道農協中央会会長。同年8月全国農協中央会監事。02年8月北海道出身者で初めて会長に就任した。19ヘクタールの水田経営を息子夫婦に譲り、田おこしや稲刈りを手伝う。68歳。
 WTO新ラウンド 自由貿易の推進を目的に1995年に発足した世界貿易機関(WTO)の加盟国は2004年末を期限に農業やサービス、知的所有権などの分野で今後の貿易ルールを決める交渉を進めている。WTOの前身、ガット時代のウルグアイ・ラウンドに続く包括的な枠組みづくりである。なかでも農業分野は米国など農産物輸出国と日本などの輸入国、さらに途上国の利害が錯そうし、交渉が難航。昨年3月のジュネーブの非公式会合では、目指していた月末の大枠合意はできなかった。中間合意を目指して同年9月、メキシコ・カンクンで開かれた閣僚会議も先進国と途上国の対立が解けず、決裂した。期限内の妥結はほぼ絶望的で、交渉日程の練り直しを迫られている。

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