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2004/2/8
ナノエレクトロニクスと産学連携 広島大大学院先端研 岩田穆教授に聞く

世界的研究で人材育成

 十億分の一メートルの世界から新機能をつくり出すナノテクノロジー(超微細技術)という言葉を見たり、聞いたりするようになった。電子技術や情報通信、医療など幅広い分野に応用が期待されている。広島大大学院先端物質科学研究科の岩田穆教授(58)は、人の脳に迫る認識装置作りのグループを率い、大学発の半導体ベンチャー企業の社長にも就く。文部科学省が先駆的な研究に予算を重点配分する「二十一世紀COE」に採択されたプロジェクトと、研究の実用化を図る産学連携の現状、展望について聞いた。

(編集委員・西本雅実)

 最終目標 脳型PC

 ―COEが始まった一昨年に選ばれた「テラビット情報ナノエレクトロニクス」という研究を、分かりやすく講義してください。

 ナノテクは、分子、原子レベルの材料を研究開発し、新しい機能を生み出すと一般には受け止められています。ナノエレクトロニクスというのは、その技術の一つ。私たちは今より高性能、高機能な集積回路の実現を目指しています。そうなると今ある超LSI(高密度集積回路)、チップ上に載せるトランジスタそのもののが、ナノメートル(十億分の一メートル)サイズになってくる。非常に微細な加工技術でこれまでにない機能や、いい性質を持った新材料も取り入れ、使える集積回路を作っていこうと考えています。

 三次元的に認識

 ―具体的には、どんな目標を描いておられるのでしょうか。

 人間の脳に近い認識システムを構成する三次元の集積回路を作り、使えるようにすることです。集積回路は平面上で作られているため、能力にどうしても限界がある。一番いい例が脳です。脳は平面ではなく、三次元的な塊でもって情報を判断し、やり取りしていますよね。従来の集積回路の限界を破るには、三次元にする必要があり、研究を進めています。おのおの機能を持ったチップを縦方向に並べ、チップ間の接続、つまり情報のやり取りは無線や光で行う。その仕掛け、基盤技術の確立を図っていきたい。

 ―「テラビット情報」という、一兆を表すテラのビット単位で情報量を処理するイメージとは。

 今のパソコンは、一秒間に三ギガ(ギガは十億)ヘルツで動いています。テラビット情報というのは、一ギガ周波数のパソコンを十ギガのスピードに上げ、さらに並列で百台が動いている、そんなイメージになるでしょうか。

 人間が人の顔を認識したり、周りの危険物を察知するのは、脳が状況をとらえて瞬時に判断しているから。情報の処理能力がテラビットに上がって、脳に近い瞬時の働きができるようになる。最終的なターゲットは脳型PC(パソコン)とし、ロボットに組み込む。その技術は自動車にも使えます。人間を安全に運ぶため知能化されたPCが危険を予測、判断します。

 ―COEで予算配分される期間は五年。プロジェクトの折り返しとなる現在の自己評価は。

 極微細なトランジスタのモデル設計や、無線の接続など、設定する三つの領域から面白いアイデアが出てきて、当初の狙いの七割は実現できたと思っています。予算は昨年は一億二千八百万円。十分ではないが査定率はいい方です。このCOEを通し、優秀な人材も育成していきたい。

 研究は、教授や助教授ら十二人の推進者のほかに、ポストドクター(博士課程修了者)が八人、ドクター在籍者が六人参加しています。ポスドクは一年契約で雇い、研究費から助手相当の報酬を払っています。四月からは、倍近くにしようと思っています。

 学生の起業期待

 ―その狙いは。

 研究への興奮、喜びを身に着ける中で本当に力のある、幅広い視野を持つ研究者、技術者が生まれるからです。先端の研究と、実践的な人材育成は切り離せません。

 ―文科省の兼業許可を得て三年前、資本金一千万円の広島大発ベンチャーをいち早く起こされました。これまでの研究成果の実用化の現状は。

 社員は三人。いずれも研究室の修士修了者です。大学がベンチャー創出に設けたインキュベーションセンター(東広島市)などが仕事場。半導体製造の大手メーカーからの業務委託で、アナログとデジタル、高周波の回路を混載するLSIの設計や、テストチップの測定評価をしています。

 ―売り上げは。

 昨年九月期決算で一億円となり、黒字です。情報を処理するデジタル回路から漏れる雑音を減らし、通信に欠かせないアナログ回路を同じチップに載せる他ではできない技術があります。修士のアルバイトを含め、契約、納期と仕事の責任も分かってきた。一方、マネージメント(経営)が問題となっています。人と資金を集め、商品開発を展開するにはユニークな技術に加えマネージメントが大切。若い人たちが自ら起業に打って出るのを期待しています。

 ―四月から各国立大は国の丸抱えを離れて独立行政法人となり、研究は社会でさらに役立つ、産学連携を通した外部資金も求められています。

 次世代を開く技術は、産学が協力しないとうまくいきません。同時に国としてどんな技術を伸ばすのか、戦略をきちんとたてるのが必要です。

 私たちの教育・研究が世界的に認められることは、広島大があるこの地域への貢献でもあります。今、中国経済産業局の呼び掛けで、広島大や昨年に包括的な研究協力を結んだ半導体メーカーを中心に「シリコンヒルズ」づくりへの協議が始まりました。岡山大、山口大などの優秀な研究者も加わっています。COEの研究を世界レベルとし、中国地方でも出口をつくる、実用化を図る。研究と人材育成の目標をそう考えています。


 大学の研究 どう事業化

 LSIは、パソコンや携帯電話、デジタル家電に組み込まれ、日々の生活にすっかり浸透している。その意味で、私たちに身近な技術といえる。岩田教授が代表者を務める「テラビット情報ナノエレクトロニクス」の研究は、ナノテクノロジーで進化してきた集積回路が、さらに高性能化、小型化する中でぶつかる能力の限界を独自のアイデアで打ち破ろうとするものでもある。

 研究で蓄えられる成果を、中国地方にある半導体メーカーの高度化につなげる動きが起きる。それが中国地方版の「シリコンヒルズ」構想。中国経済産業局が音頭をとり、三月に本格的な旗揚げを予定している。

 中国地方の電気機械出荷額に占めるIT関連部品の割合は、半導体分野の大規模工場が増え、二〇〇〇年実績で35・9%と全国平均の24・0%を上回る。競争関係にある企業をいかに引き付け、最先端の研究・技術を事業化させていくか。福岡県は、LSI設計開発で東南アジアの拠点もにらむ「シリコンシーベルト」構想を三年前に打ち出し、現在、県外を含む十の大学、百三十三の企業が参加する拠点推進会議が、人材育成やベンチャー支援にも乗り出している。中国地方の産学官の力が試されている。

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 いわた・あつし 名古屋大大学院工学研究科修士課程、NTT勤務を経て94年、広島大工学部教授。98年、大学院先端物質科学研究科教授。コンピューターシステムの基礎研究にも当たるナノデバイス・システム研究センターのセンター長を01年から併任で務める。愛知県出身。
 ナノテクノロジー(超微細技術) ナノは10億分の1を表し、記号はn。半導体チップは微細加工技術が進み、携帯電話にも組み込まれる中央演算処理装置(CPU)などの回路の線幅は、髪の毛より細い130ナノメートルが量産化されている。直径1ナノメートルの炭素系新素材フラーレンをはじめ、幅広い分野での技術応用と産業化が期待される。米国は2000年「国家ナノテクノロジー戦略」を掲げ、政府の総合科学技術会議は01年にナノテクの研究開発の重点推進を打ち出した。日本経団連は10年にナノテク市場は27兆円になると推計する。

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