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2004/2/15
青少年の引きこもり 臨床心理士 西村秀明さんに聞く

心の傷癒やす大切な道

   社会問題として、クローズアップされている青少年の引きこもり。世間の風当たりが強まる中で、追い詰められる当事者や家族も多い。引きこもる人たちを、どう理解し、受け止めればいいのか。山口県精神保健福祉センターで二十年余り、当事者や家族に向き合ってきた経験を持つ臨床心理士の西村秀明さんに聞いた。

(編集委員・山内雅弥)

 同じ目線で向き合って/「引き出せば解決」転換を

 ―引きこもりは、どんな状態をいうのですか。

 元祖引きこもりは、天照大神(あまてらすおおみかみ)。素戔鳴尊(すさのおのみこと)の暴状に腹を立て、周囲をシャットアウトするために、天の岩屋にこもったわけです。江戸時代の読本「椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)」の一節には、鳥が巣にこもる例えから、家に閉じこもる意味で「巣ごもる」という言葉も出てきます。

 人間は昔から、困ったことが起こって解決できない時に、引きこもるという行動様式により、身を守ってきたのです。人間の「適応行動」の一つとしてとらえれば、引きこもりは大切にしなければいけません。

 ―しかし、現代社会では問題行動とみるとらえ方が一般的です。

 新潟の少女監禁事件や、佐賀のバスジャック事件を起こした青年の生活状態が引きこもりだったことから、非常にネガティブなとらえ方がされてしまいました。

 親から「病気じゃないか」と、よく相談を受けます。病気だから引きこもるわけではない。病気でなく引きこもる人もいます。一つの行動様式だから、どういう事情があるのかを理解しないと見えてこない。

 目立つ不登校経験

 ―若者の引きこもりには、どんな背景があるのでしょうか。

 学校教育の問題が非常に大きい。臨床の現場で、引きこもる青年たちに出会い、多くが学校生活でいじめを受けたり、不登校の経験を持っていることに驚きました。

 厚生労働省の引きこもり実態調査では、小中学校での不登校経験者は約三分の一。90%に上るという別の調査報告もあります。ただ、いじめや不登校の延長線上に、引きこもりがあるということではない。それによって、子どもたちがどのように扱われたかが重要なのです。

 ―具体的には、どういうことですか。

 一九九二年、文部省(当時)は「不登校はどの子にも起こりうる」としましたが、対策として取られたのは、適応指導教室の増設とスクールカウンセラー導入だったり、教育委員会などの相談窓口の拡大でした。しかし、多くの子どもたちが学校生活の中で傷つき、不登校の道を選んだのに、癒やされることもなく、卒業と同時に切り捨てられているのです。

 ―周囲も「しっかりしないと、この先大変になる」と、本人を責めてしまうようです。

 まさに二次被害です。多くの場合、傷つけられる原体験があり、さらに本人の責任にされてしまうので、「自分がおかしいんだ」と否定的な自己像が形成されます。

 「自分は生きる資格がない」「この社会ではやっていけない」と苦しみ、死を考える青年さえいます。ものすごい葛藤(かっとう)の中で、せめて身を守る方法が引きこもりであると考えています。

 最大の援助者は親

 ―引きこもる行動は、心の傷を癒やすための自然なプロセス、ということですか。

 その通りです。自分で癒やしていける人もありますが、自己否定の強い人の場合、「この自分でいい」と納得できるまで、原体験やどのように扱われたか、援助者がしっかり耳を傾けることが大切です。少しずつ癒えてきて初めて、自分と向き合うことができるようになります。

 本人たちは「僕の前に、家族が立ちはだかっている」とよくいいます。「社会に出てほしい」「自立してほしい」というのが家族の思いでしょう。しかし、自分らしい生き方を組み立てられるようになるためには、傷を癒やすことが先。学校や社会と一緒になって、家族が追い詰めている場合もあります。最大の援助者は親であることを分かってほしい。

 ―どんな対応をすべきなのでしょう。

 引き出せば解決、というものではありません。心の傷をしっかり受け止めて、癒やしのための安全な空間を保障していくことが求められているのです。子どもの不登校を経験し、「自分の価値観が変わった」という多くの親御さんの声を聞きます。そして「そんな自分が、生きやすくなった」とおっしゃる。

 一流大学、企業を目指してきた人が、アルコール依存症やうつ状態になり、相談に来るケースがよくあります。教えられた通りやってきて、ふと「自分は何だったのか」と気付く。この社会の価値観を息苦しく感じている人たちから、何を学ぶか。それが今、私たちに問われているのです。


 多様な価値観認めよう

 引きこもる人は、全国で百万人とも百五十万人ともいわれる。家族の不安や焦りを背景に、「引きこもりから、どう脱出させるか」といった論議が盛んだ。しかし、その中には「引きこもり=異常」という立場で、「引き出す」ためのノウハウ探しも目立っている。

 こうした風潮に対し、引きこもる人たちの目線に焦点を合わせて、「引きこもりは心的外傷からの自己回復のプロセス」とみる西村さんの考え方は、奇異に映るかもしれない。「もっと心の傷をいたわり、分かっていくことこそ重要なのだ」と西村さんは訴える。

 引きこもりや不登校を個人・家族の病理とする考え方が根強い日本。しかし、記者が昨年訪れたデンマークでは、不登校は問題にもなっていなかった。子どもの個性が大事にされ、家庭やフリースクールで学ぶという、学校以外の選択肢が認められているからだろう。

 この国にも、「三年寝太郎」の民話がある。いつも寝てばかりいて「寝太郎」と呼ばれた男が、川に大きなせきをつくり、広大な原野を美田に変えたといわれる。寝ている間、村人たちは食べ物を提供するなど、寝太郎を見守る地域社会のまなざしは温かい。

 多様な価値観が尊重されるように、社会の在り方を変えていくことで、一人ひとりが生きやすくなる。現代の引きこもりは、それを問うているのだと思えてならない。

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「今の社会が非常につらいものであるなら、引きこもることも、選択肢の一つとしてあっていい」と語る西村さん
 にしむらひであき 1949年宇部市生まれ。日本大文理学部心理学科卒。山口県中央児童相談所、宇部保健所を経て、81年から2003年まで同県精神保健福祉センターで相談指導課長などを務める。03年から宇部フロンティア大助教授。臨床心理士・精神保健福祉士。著書に『不登校の再検討』『子どもの心理 親の心理』など。
 引きこもり 厚生労働省が昨年7月にまとめた「引きこもり対応ガイドライン」は、「さまざまな要因によって、社会的な参加の場面が狭まり、就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態」と定義している。2002年に全国の保健所、精神保健福祉センターを対象にした実態調査によると、平均年齢は26.7歳。本人から親への暴力が相談事例の17.6%にあったほか自殺企図が3.2%、自傷行為も2.1%に見られた。

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