正確な言葉 話に教訓も 「子どもに聞かせたい」
若者を中心に言葉が乱れている、と指摘されて久しい。最近では、日本語を題材にした本が相次いで出版され、ベストセラーになっている。一方で、若者による新造語も次々に生まれ、文法的に間違っていても社会で定着してきた。この国の言葉遣いは大きな変革期にあり、だからこそ正しい日本語を再確認する意義は大きい。「落語は日本語の教科書」と唱えている落語芸術協会(東京)の桂歌丸会長に聞いた。
(東京支社・村上昭徳)
―日本語の乱れは、特に若者の間で目立つようですね。
言葉の乱れは国を滅ぼすという。まさに、今の日本がその状況だと感じる。十代、二十代の言葉を聞いていると、とても日本語とは思えない場合がある。言葉は、その国の文化であり、最も誇りとしなければならない。それが正しく使われていないということは、国自体がうまく機能していないとの証明ではないだろうか。
このままでは、後世に美しい日本語を伝えられなくなる。英語や仏語、独語など世界に多種多様の言語があるなか、日本ほど乱れを指摘されている国はない。現状は危機的。レッドカードが出されている。
TVの影響大
―代表的なのは「ら抜き言葉」や、縮めてしまう「省略言葉」ですね。
例えば「食べれる」と言うのは間違い。「食べられる」が正しい。「ぶっちゃけた話…」を「ぶっちゃけ」と省略するのもいかがか。お店でよく聞く「お会計のほう」とか、敬語を自分に使うとか、例を挙げればきりがない。
ずばり日本語が乱れた悪の根源は、テレビだ。日本語の土台ができていない若者が、娯楽番組で話しているのだから、視聴者はその使い方が正しいと思ってしまう。何度も聞いているうちに、間違った言葉遣いでも正しく聞こえる。
私自身、テレビ出演が多いので頭を悩ませている。若い芸人さんと話せば、気になる点はどんどん注意する。でも、残念ながら焼け石に水。正しい日本語を話すべきアナウンサーの勉強不足に対しても物申したい。まずテレビ業界が、襟をたださなければならない。
読み書き基本
―正しい日本語を覚えるため活字文化の重要性が再認識されています。
日本語を題材にした本がミリオンセラーになるくらい売れるのは、日本語がそれだけ乱れている裏返しと受け止めるべきだ。これらの本では、古典文学や小説の名文が題材に使われている。文章だけではなく、まずはその中身を理解しないと、実際の会話で使えず、コミュニケーションが円滑になるはずがない。
敬語の言い回しや、正確で効果的な日本語を使う能力を育成するには、活字を読むことが最も有効。しかし、日本語関連の本を買っている層は、中高年が大半ではないだろうか。肝心な若者の活字離れは想像以上に進んでいるのが実態のようだ。
電子メールに代表されるように、キーボードをたたけば文章が出来上がる時代になった。考え、理解して、かみくだく、といった思考はあまり必要ない。「読み 書き そろばん」といった日本教育の基本はおろそかになりがちで、人間の心を貧しくする悪影響まで出ているような気がする。
―そこで落語が果たす役割は大きい、と主張されているのですね。
落語は正しい日本語を使っているだけでなく、どんな話にも、教訓がある。家族のきずなの大切さ、義理と人情、因果応報などだ。今の子どもにこそ聞いてほしい。
乱れは、生活態度とも密接に関連する。気持ちが殺伐とすれば言葉も乱暴になる。ひいては、家庭内暴力、いじめなど青少年の非行や犯罪につながる。言葉は人間だけが使う「道具」だけれど、相手に通じさえすればいいわけではない。
国策で普及を
―正しい日本語の「復権」に向けて、いま何をすべきですか。
文部科学省はもちろん、学校や地域、家庭が連携した取り組みを早急に始めるべきだ。国策として正しい日本語の普及活動を展開し、教師や保護者はもう一度正しい日本語を学ぶことだ。具体的なポイントとしては、話し言葉を重視したらどうだろうか。地域では、正しい日本語を自然と身に付けているお年寄りとのコミュニケーションを深め、幼児期からの教育を徹底すればいい。
最後に、小泉純一郎首相にも一言、言っておきたい。記者会見などでよく使う「いいんじゃないんですか」「そういうもんじゃないですか」との言い回しは、若者がつくった新造語。ぜひ「こうです」「だめだ」とはっきりしゃべってほしい。日本を代表する方で、影響力は大きい。率先して正しい日本語の普及に努めてください。
教材に取り入れては
先日レストランの隣の席で、兄弟とみられる男の子が「やばい」を連発していた。なぜ、食事中に「不都合」「危険」をさす言葉が出るのか。時折、視線を向けた。後になって妻から、「やばい(困ってしまう)ほどおいしい」と逆説的な意味で使っているらしい、と聞いて驚いた。
言葉の乱れを危ぐする桂会長は「落語は美しい日本語の宝庫。日本人の教科書でもある」と繰り返した。その姿は、幼いころ近所にいた礼儀作法に厳しい「頑固おやじ」とだぶり、背筋がピンとなった。
国も事態を見過ごしているわけではない。文部科学省は昨年から、全国の小中高約二百校を「国語教育推進校」に指定、国語力向上に着手した。子どもだけでなく、教員にも学ばせているのが特徴だが、まだまだ取り組みは始まったばかりだ。
日本語の乱れは、書き言葉ばかりを重視した受験競争が生んだ弊害との指摘もある。「美しい日本語の宝庫」である落語を積極的に教材に取り入れるのも、一つの試みではないだろうか。
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