乳幼児 言葉の発達に影響
テレビやビデオが、乳幼児期の言葉の発達に及ぼす影響が懸念されている。日本小児科学会と日本小児科医会は「二歳以下の子どもには、テレビ・ビデオを長時間見せないように」などの提言を、相次いで発表した。テレビとどう付き合えばいいのか。同学会こどもの生活環境改善委員会のメンバーで、長年にわたって乳幼児のテレビ・ビデオ視聴に警鐘を鳴らしてきた片岡直樹・川崎医大教授(小児科)に聞いた。
(編集委員・山内雅弥)
語り掛ける環境大事 一方的情報 五感育たず
―かねがね、「新しいタイプの言葉遅れの子どもが増えている」と主張されていますね。
運動機能や生活習慣は年齢相応に発達しているのに、言葉をほとんどしゃべれず、社会性の発達がみられないのが、新しいタイプの言葉遅れだ。
二十年来、乳幼児健診に携わってきて、母親から「言葉がまったく出ない」と、しばしば相談を受ける。普段の生活を細かく聞くうちに、生まれながらにしてテレビがついている環境だったり、赤ちゃんの時は言葉が出ていたのに、生後一年ぐらいからテレビ漬けになっていたことに気付かされた。私の診療室に来る子だけでも、毎年百―百五十人に上っている。
2歳までに 心をはぐくむ
―なぜ、乳幼児にテレビを見せるのがいけないのでしょうか。
「三つ子の魂百まで」といわれるように、二歳までの時期は、自分以外の人間を思いやったり、推測することができる心を育てるうえで、最も大切だ。いわば、人間の心をはぐくむ「刷り込み」の時期。それには、子どもに語り掛け、子どもからの働き掛けに応える環境が欠かせない。ところが、テレビは一方的な情報や刺激の洪水になっている。良質とされる幼児教育番組やビデオ教材も、一方通行の情報という点では同じだ。
テレビ画面は二次元なのに、大人が遠近感を感じられるのは、頭の中にある過去の体験とすり合わせているから。しかし、そんな体験を持たない赤ちゃんは、平面的な認識しかできない。神経回路が頭の中に作られていく過程でテレビを見続けていると、両目で見る立体的な認識が育ちにくくなり、五感もなかなか育たない。
遅れ改善へ 一対一で遊ぶ
―こうした言葉の発達の遅れは回復しますか。
一歳程度の言葉しか出せなかった三歳二カ月の男児のケースでは、お母さんが一緒に遊び、子どもが発した声を拾っておうむ返しをするうちに、一年後には短文が話せるようになった。六歳になった今、多少語彙(ごい)が少ないものの、保育園で楽しく過ごしている。
テレビやビデオを消して、一対一で遊ぶように指導すると、子どもが小さいほど、劇的な変化を示す。一歳ぐらいであれば、一カ月ほどで見違えるように表情が豊かになる。三歳までならよくなる可能性が高い。
―私も含めて、テレビの影響を、それほど深刻に考えていない大人も多いようです。
まさに、テレビは空気と同じようなものになっている。朝起きてスイッチを入れると、夜寝るまでずっとつけっ放し。親の三人に一人が、そういうテレビの使い方をしている。お父さん、お母さんがテレビやコンピューターに熱中している間、ベビーラックに寝かされた赤ちゃんの目の先に、テレビがある。
赤ちゃんは生まれて二カ月たつと、目で追ったり、声がした方を向くことができるようになって、テレビ画面に注目し、コマーシャルの大きい音に反応する。笑わない、声を出さない、お母さんの方を見ない「サイレント・ベビー」と呼ばれる赤ちゃんが社会問題になっているが、これもテレビが背景にあると考えざるをえない。
孤立しない 子育てしよう
―テレビを子守にしない、ということですか。
赤ちゃんは、まねをして育つ。言葉の発達では、擬音のまねが大事。例えば、お母さんがポットでお茶を入れる時、湯を注ぎながら「ジャー」と声に出すと、赤ちゃんも「ジャー」とまねる。そのうち、お母さんに向かって「ジャー」と言うようになる。「お茶がほしい」という意思表示。こうして、子どものコミュニケーション能力は身に付いていく。
子育ての基本は、楽しくあやすこと。そのあやし方が分からなくなっている。親自身もテレビっ子で、孤独に育ってきたせいだ。今は隣近所のかかわりもなくなった。地域の育児支援がいわれているが、保健所の集いや親子クラブなどに出るのもいい。孤立しない子育てが大切だ。
メディアとの関係 解明を
テレビやビデオ、ゲームなどの映像メディアが、子どもの心と体の発達にどのような影響を与えるのだろうか。国内外でさまざまな見解が出されているが、科学的な答えは、まだ出ていない。
ただ、米国小児科学会は一九九九年、「脳の発達を妨げる恐れがあり、二歳未満の幼児にはテレビを見せるべきではない」といち早く勧告。乳幼児がテレビを見ることで、知能や情緒の発達に不可欠な、親や保育者との双方向のかかわりができなくなる―などの理由を挙げている。
日本でも小児科学会が提言という形でメッセージを発した背景には、片岡教授ら臨床現場からの指摘が相次いだことが大きい。従来、テレビの影響といえば、視力や暴力・性描写についての懸念がほとんどだった。その意味でも、乳幼児の言語の発達に影響があるとする今回の提言は、重く受け止めるべきだろう。
二〇〇二年、ゼロ歳児千三百人を対象にした十二年間の追跡調査が、NHK放送文化研究所などの共同プロジェクトで始まった。一回目の調査結果によれば、ゼロ歳児のテレビ接触時間は、一日平均で三時間十三分。七時間以上という子どもも5%いたという。
子どもの心の発達には、テレビ以外にもさまざまな要因が関係している。解明につながる今後の調査を注目したい。
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