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2004/5/2
「テレビが子守」禁物 川崎医大小児科 片岡直樹教授に聞く

乳幼児 言葉の発達に影響

 テレビやビデオが、乳幼児期の言葉の発達に及ぼす影響が懸念されている。日本小児科学会と日本小児科医会は「二歳以下の子どもには、テレビ・ビデオを長時間見せないように」などの提言を、相次いで発表した。テレビとどう付き合えばいいのか。同学会こどもの生活環境改善委員会のメンバーで、長年にわたって乳幼児のテレビ・ビデオ視聴に警鐘を鳴らしてきた片岡直樹・川崎医大教授(小児科)に聞いた。

(編集委員・山内雅弥)

語り掛ける環境大事 一方的情報 五感育たず

 ―かねがね、「新しいタイプの言葉遅れの子どもが増えている」と主張されていますね。

 運動機能や生活習慣は年齢相応に発達しているのに、言葉をほとんどしゃべれず、社会性の発達がみられないのが、新しいタイプの言葉遅れだ。

 二十年来、乳幼児健診に携わってきて、母親から「言葉がまったく出ない」と、しばしば相談を受ける。普段の生活を細かく聞くうちに、生まれながらにしてテレビがついている環境だったり、赤ちゃんの時は言葉が出ていたのに、生後一年ぐらいからテレビ漬けになっていたことに気付かされた。私の診療室に来る子だけでも、毎年百―百五十人に上っている。

 2歳までに 心をはぐくむ

 ―なぜ、乳幼児にテレビを見せるのがいけないのでしょうか。

 「三つ子の魂百まで」といわれるように、二歳までの時期は、自分以外の人間を思いやったり、推測することができる心を育てるうえで、最も大切だ。いわば、人間の心をはぐくむ「刷り込み」の時期。それには、子どもに語り掛け、子どもからの働き掛けに応える環境が欠かせない。ところが、テレビは一方的な情報や刺激の洪水になっている。良質とされる幼児教育番組やビデオ教材も、一方通行の情報という点では同じだ。

 テレビ画面は二次元なのに、大人が遠近感を感じられるのは、頭の中にある過去の体験とすり合わせているから。しかし、そんな体験を持たない赤ちゃんは、平面的な認識しかできない。神経回路が頭の中に作られていく過程でテレビを見続けていると、両目で見る立体的な認識が育ちにくくなり、五感もなかなか育たない。

 遅れ改善へ 一対一で遊ぶ

 ―こうした言葉の発達の遅れは回復しますか。

 一歳程度の言葉しか出せなかった三歳二カ月の男児のケースでは、お母さんが一緒に遊び、子どもが発した声を拾っておうむ返しをするうちに、一年後には短文が話せるようになった。六歳になった今、多少語彙(ごい)が少ないものの、保育園で楽しく過ごしている。

 テレビやビデオを消して、一対一で遊ぶように指導すると、子どもが小さいほど、劇的な変化を示す。一歳ぐらいであれば、一カ月ほどで見違えるように表情が豊かになる。三歳までならよくなる可能性が高い。

 ―私も含めて、テレビの影響を、それほど深刻に考えていない大人も多いようです。

 まさに、テレビは空気と同じようなものになっている。朝起きてスイッチを入れると、夜寝るまでずっとつけっ放し。親の三人に一人が、そういうテレビの使い方をしている。お父さん、お母さんがテレビやコンピューターに熱中している間、ベビーラックに寝かされた赤ちゃんの目の先に、テレビがある。

 赤ちゃんは生まれて二カ月たつと、目で追ったり、声がした方を向くことができるようになって、テレビ画面に注目し、コマーシャルの大きい音に反応する。笑わない、声を出さない、お母さんの方を見ない「サイレント・ベビー」と呼ばれる赤ちゃんが社会問題になっているが、これもテレビが背景にあると考えざるをえない。

 孤立しない 子育てしよう

 ―テレビを子守にしない、ということですか。

 赤ちゃんは、まねをして育つ。言葉の発達では、擬音のまねが大事。例えば、お母さんがポットでお茶を入れる時、湯を注ぎながら「ジャー」と声に出すと、赤ちゃんも「ジャー」とまねる。そのうち、お母さんに向かって「ジャー」と言うようになる。「お茶がほしい」という意思表示。こうして、子どものコミュニケーション能力は身に付いていく。

 子育ての基本は、楽しくあやすこと。そのあやし方が分からなくなっている。親自身もテレビっ子で、孤独に育ってきたせいだ。今は隣近所のかかわりもなくなった。地域の育児支援がいわれているが、保健所の集いや親子クラブなどに出るのもいい。孤立しない子育てが大切だ。


 メディアとの関係 解明を

 テレビやビデオ、ゲームなどの映像メディアが、子どもの心と体の発達にどのような影響を与えるのだろうか。国内外でさまざまな見解が出されているが、科学的な答えは、まだ出ていない。

 ただ、米国小児科学会は一九九九年、「脳の発達を妨げる恐れがあり、二歳未満の幼児にはテレビを見せるべきではない」といち早く勧告。乳幼児がテレビを見ることで、知能や情緒の発達に不可欠な、親や保育者との双方向のかかわりができなくなる―などの理由を挙げている。

 日本でも小児科学会が提言という形でメッセージを発した背景には、片岡教授ら臨床現場からの指摘が相次いだことが大きい。従来、テレビの影響といえば、視力や暴力・性描写についての懸念がほとんどだった。その意味でも、乳幼児の言語の発達に影響があるとする今回の提言は、重く受け止めるべきだろう。

 二〇〇二年、ゼロ歳児千三百人を対象にした十二年間の追跡調査が、NHK放送文化研究所などの共同プロジェクトで始まった。一回目の調査結果によれば、ゼロ歳児のテレビ接触時間は、一日平均で三時間十三分。七時間以上という子どもも5%いたという。

 子どもの心の発達には、テレビ以外にもさまざまな要因が関係している。解明につながる今後の調査を注目したい。

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「日本の子どもたちは、世界で一番メディアにさらされている」と話す片岡教授
 かたおか・なおき 1942年ソウル生まれ。岡山大医学部卒。同大助手、川崎医大講師を経て、95年から現職。専門は一般小児科。著書に「テレビ・ビデオが子どもの心を破壊している!」「しゃべらない子どもたち・笑わない子どもたち・遊べない子どもたち」(共著)など。
 日本小児科学会の提言 1歳6カ月健診に来た幼児1900人の親を対象に実施した調査で、意味のある言葉を話すのが遅れる危険性が、「テレビがついている時間が8時間以上、子どもが見ている時間が4時間以上」のグループでは、「テレビがついている時間が8時間未満、子どもが見ている時間が4時間未満」のグループに比べ、2倍高いことが判明。
 この結果を受けて同学会は、(1)2歳以下の子どもにはテレビ・ビデオを長時間見せない(2)テレビはつけっ放しにせず、見たら消す(3)乳幼児にテレビ・ビデオを1人で見せない(4)授乳中や食事中はテレビをつけない(5)乳幼児にもテレビの適切な使い方を身に付けさせる(6)子ども部屋にはテレビ・ビデオを置かない―の6つを提言している。


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