心安らぐ「育ちの場」を
不登校の小中学生が二〇〇二年度、十三万人に上った。全国的にみれば、やや減少に転じたものの、広島県や島根県では増え続けている。一方で、学校を舞台にした痛ましい事件も相次ぐ。子どもたちが発するメッセージを、どう受け止めればいいのか。広島市安佐南区で、子どもたちのフリースペース「じゃんけんぽん」を運営している特定非営利活動法人(NPO法人)「ひゅーるぽん」代表の川口隆司さん(42)に聞いた。
(編集委員・山内雅弥)
対話の中にヒント 環境づくり大人の責任
―不登校の子どもたちとの出会いは。
一九九五年だったと思います。小学校で言葉と聞こえの通級指導教室を担当していた時、「困ったことがあったら、相談に来ていいよ」と、ポスターや校内放送で呼びかけたら、高学年の子たちが休憩時間や放課後に来るようになりました。
ある日、校門に呼ばれると、一年生の女の子が泣きじゃくっていました。お母さんは「もう一歩じゃない」と一生懸命なのだけれど、入らない。「教室が嫌なら、先生の所へ遊びにおいで」と誘うと、一緒に来てお茶を飲んで帰りました。不登校の子を目の前にしたのは、その時が初めて。本来、楽しいはずの学校に、ストレスを感じる子もいることに気づきました。
―教師を辞め、フリースペースを開いた時の思いも、そうした延長上にあったのですか。
「揺らぎ」一層進む
神戸の連続児童殺傷事件などが起きた九〇年代後半から、子どもたちの心はますます揺らいできたように思います。転任した小学校でも、受け持った通級指導教室に、障害のある子だけでなく、教室にうまく溶け込めないなど、いろんなケースの子が「話を聞いて」と来るようになりました。
でも、放課後は毎日のように、会議や行事があります。学校というシステムにうまく乗れない子どもたちがゆっくりかかわってほしいと訴えているのに、十分な時間を取れない。めまぐるしく変わる教育制度、山のような報告書…。どこか違うという思いが強かったですね。それで、子どもたちと、どっぷり漬かれるような過ごし方をしていこうと決めました。
―障害のある子どもたちも一緒に受け入れていますね。
障害がある子どもたちの多くは、学校から帰った後の行き場がありません。人とかかわる場がない寂しさを抱えているんです。障害がない子の中にも、「帰ったら、塾や習いごとに行かなければいけない。何にも束縛されない放課後の時間だけが楽しみ」と、帰りたがらない子がいます。家庭と学校以外に、育ちの場を必要としている子なら、どんな子でも受け入れることにしています。
人とかかわり成長
ここでは、不登校の子と障害のある子が、分け隔てなく楽しく活動しているので、多くの人がびっくりされます。子どもたちは、人とかかわりながら、自ら成長するエネルギーを持っています。「安心して、ここに気持ちを置いていいよ」という方向に環境を整えると、みるみる変わっていきます。子どもたちの力はすごいものです。
―子どもたちは、どんな変化を見せてくれるのでしょう。
例えば、話すことが苦手とか、人とのかかわりがうまくできない、長い間外に出ていないなど、保護者が心配を募らせている子どもたちが、徐々に目を輝かせ、ここに来るのを楽しみにするようになります。こうした様子を見るにつけ、私たち大人は普段、子どもが生き生きできるような社会の仕組みを、責任を持って築いていると言えるだろうかと、つくづく考えさせられます。
つまり、「子どもをどうするのか」ではなく、子どもたちに居心地のいい環境をどうつくるかが問われているのです。それも現場で、子どもたちとの対話の中から生まれてこなければいけません。
―世間では、不登校は良くないというとらえ方があります。
そうではありません。この社会の中で、大人も生きるのがしんどいと感じているはず。大人より百倍もエネルギーを持っている子たちにとっては、百倍もしんどいのです。行き詰まっている社会全体に、子どもたちが危機感を発信していることを認識すべきです。
「社会の大きな流れの中に、子どもの身を置いておかなければ不安」という思いが、大人には強いかもしれません。でも、不登校が取りざたされて既に十年以上たち、自ら生き方を見つけ、社会の中で堂々とやっている人も出てきています。大人の側こそ、見方を変えることが迫られているのではないでしょうか。
生きづらさ解消の道を探ろう
不登校の選択肢は、フリースクールや適応指導教室、家で育つことなども含め、一時代前に比べれば、ずいぶん広がってきた。その中で、「子ども中心主義」「本人主義」を掲げる「ひゅーるぽん」の実践は、さまざまな示唆を与えてくれる。
遊びや勉強といった日々の活動は、子どもたちが考えて決めている。学校のような細かい時間割はない。参加したくない子には、スタッフが相手をする。ゆったりと流れる時間の中に心と体を置くことで、人とかかわる楽しさを知るようになるという。
インタビューに訪れた日、子どもたちはプロの落語家を囲んでいた。「途上の星たちへ」という月一回のプログラム。準備や進行もすべて、子どもたちの手で行っている。「自分の将来を考えるのに、さまざまな大人の話を聞いてみたい」と声が上がり、これまでに市長や広島在住の留学生、不登校経験者、青年海外協力隊員OBらを招いた。
このところ、不登校の早期発見・早期対応や学校復帰を重視する行政などの「対策」が本格化している。しかし、学校という一元的な空間の中で、生きづらさを感じている子どもたちがいることも、見逃してはなるまい。
「まず、子どもたちの声に耳を傾けるべきではないか」。川口さんの問い掛けは、私たち大人に向けられている。
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