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2004/7/18
日本の食あるべき姿は 広島大非常勤講師の2氏に聞く
東京農大教授 小泉武夫氏・服部学園理事長 服部幸應氏

 グルメブームに沸く飽食の国ニッポン。一方で、食生活の乱れを嘆き、食育の重要性を指摘する声も少なくない。この国の食は、どうあるべきなのか。ともに広島大医学部の非常勤講師として広島を訪れた、東京農大教授の小泉武夫さん(60)と服部学園理事長の服部幸應さん(58)に聞いた。
(編集委員・山内雅弥)


 東京農大教授 小泉武夫氏

 健康の源 和食に戻れ/地元食材使う発酵食品は宝

 ―「食乱れて民族滅ぶ」と発言されています。

 二〇〇一年の先進国の食料自給率をみると、米国122%、フランス121%、ドイツ99%に対し、日本は40%。二割足らずの専業農家は高齢化し、後継者も少ない。国が魅力ある産業として農業を育成しなかったせいだ。農業が衰退すれば、海外からホルモン剤や残存農薬を含んだ危険な農産物が、どんどん入ってくる。

 海外依存の問題は、それだけではない。借金が膨らむ。金がなければ、食糧も買えない。このままさらに自給率が低下すれば十五年後、首都圏を中心に餓死者が出る可能性だってある。二十一世紀の戦略兵器である食糧を持たない国は一番弱い。日本は車や電気製品でもうけたドルを、農産物を買うために米国に戻している。そのことを日本人はもっと知るべきだろう。

 ―食の好みも変わっているのでは。

 多くの日本人は和食を食べなくなった。なぜ朝からパンを食べ、昼はピザ、夜も洋食で平気になってしまったのか。主食というのは本来、保守的でなければならない。それを急に変えてしまったから、生活習慣病とか、「キレる」ことにつながる。本来の和食に戻れ、というのが私の持論だ。

 ―毎日納豆を食べるのが健康の秘訣(ひけつ)ですか。

 還暦を過ぎてもなお体力、精神力ともに学生に負けないのは、和食の底力。わたしは洋食はほとんど食べない。和食に徹する中に、大豆を発酵させた納豆がある。納豆の具に漬物を小さく刻んで混ぜ合わせると、ネチャネチャとシャリシャリ感がいいし、おいしい。「畑の牛肉」といわれる大豆のタンパク質は、むしろ牛肉よりも多い。

 ―ほかにも、地元の食材を生かした発酵食品が各地にありますね。

 気候風土に左右される発酵食品は、土地と切り離せない。琵琶湖周辺の「ふなずし」、伊豆の島々に「くさや」、牧草地帯にはチーズと、その土地々々に、おいしい発酵食品がある。

 広島の代表といえば酒。石灰質の伏流水、いい米、腕のいい杜氏(とうじ)さんがいる。夏暑く、冬底冷えする気候も適している。昔、広島のみそ・しょうゆ造りが海の近くから発達したのは、魚を保存するためだ。京都、大坂へ船で運ぶ地の利もあったのだろう。広島菜という全国に知られた漬物もある。

 ―こうした地域の食を大切にすることは、「食育」にも通じますか。

 子どもに何を食べさせるかが食育ではない。まず、食べ物をいかに大切にするか。食の前に土があり、農があることを教えなければいけない。学校給食も子どもたちに餌を与えるようなもので、心がない。大人が食を通じて、子どもたちを悪くしていることを反省しなければ、本当の食育はないと思いますよ。


 服部学園理事長 服部幸應氏

 食 通じた人間教育を/作法身に付け「地球」考える

 ―食を取り巻く今の状況をどう見ますか。

 安全や安心、健康ということを、日本人が気にし始めるようになっている。牛海綿状脳症(BSE)、鳥インフルエンザなどがきっかけだったとはいえ、関心を示してくれるのはいいことだ。

 僕は十三年前から、「食育」という考え方を提唱している。核家族化が進む中で、衣・食・住の伝承が途切れ途切れになってしまった。日本の教育が三本柱にしてきた知育・徳育・体育に、もう一つ食育を加える必要がある。

 ―具体的にはどんな取り組みを。

 食という字は、「人に良い」と書く。食育とは、ただ料理を作ることではなく、食を通じた人間教育。大きく分けて、三つの柱がある。

 一つ目は、食材や食品が安全か危険かを知り、選ぶ能力を身に付けること。バランスのいい、おいしい食事でないと免疫機能は上がらない。二つ目は、はしを正しく使えるかといった食事のマナーやしつけ。三番目が食糧、人口、エネルギーと、それを取り巻く環境の問題だ。日本人が捨てている残飯で、毎日地球上で飢え死にしている四万人が生きていける。こういうことを、子どもに教えなければいけない。

 ―食卓の六割を、加工食品が占めるようになりました。

 うちの学生たちに「おふくろの味」を作らせてみたら、留学生の多くはきちっと作れるのに、日本の学生の大半は、むちゃくちゃだった。世界で一番料理ができない子どもを育ててきたのが日本。こんなお粗末な国はない。親も背中を見せてないし、調理済み加工食品を電子レンジでチンするだけ。

 「孤食」や「個食」は以前から指摘されてきたが、今や「バラバラ食」。家族が同じ食卓を囲んでいても、バラバラに違う物を食べている。ファミリーレストランと同じ。僕らが子どものころは、九割まで同じ物を食べていたものだった。

 ―服部さんから見た食事のおいしさとは。

 愛情を込めて、食事を作ってもらった経験があるかどうか。旬の食材を生かす以上に、作ろうという行為が大事なんです。それが、今の親にはない。偉そうなことを言っても、「レンジでチン」ではだめ。

 僕にとって「おふくろの味」はみそ汁であり、ご飯であり、母が学校をしていたので中華や西洋もあった。思い出して食べたくなると、自分で作るしかない。どこにもないからね。

 ―まず、大人は何をすればいいでしょうか。

 お父さんでもお母さんでもいいから、「一汁一菜」を作って、子どもたちに食べさせてあげること。そして、手を握り抱きしめてあげる。そういうところから始めてほしいなと思う。


  自然と人の循環回復を

 食の最前線で活躍する達人同士とはいえ、小泉さんは発酵学、服部さんは料理と、分野も違う二人の発言に、これほど多くの共通点があるとは思いもよらなかった。日本の食と農の現状に対する危機感、とでもいえようか。

 農業を軽んじ、食の過半を外国に依存する一方で、飽食と食資源の浪費に明け暮れる日本人。家庭には健康食品、サプリメントがあふれ、スーパーやコンビニで買ってきた総菜や「便利」な加工食品が並んだ食卓の風景に、違和感を感じる人は、むしろ少数派だろう。

 奥羽山脈の山あいにある宮城県宮崎町は、四季ごとに「食の博物館」を開いている。わが家の自慢の味、普段着の料理を持ち寄り、目と舌で交流するイベントである。県内外から、町人口の二倍近い一万人が訪れるという。

 食育基本法案が今秋にも成立する見通しになっている。食育が目指すのは食品の知識とか食事作法だけではない。地域に根ざした食の再生であり、食を仲立ちにして自然と人の循環をしっかり取り戻すことだ。

こいずみ・たけお 43年、福島県生まれ。東京農大卒。82年から同大教授。農学博士。専門は醸造学、発酵学、食文化論。食の冒険者を認じ、世界を駆け巡る。「納豆の快楽」「地球を怪食する」など著書多数。
    
 
 
はっとり・ゆきお 45年、東京生まれ。立教大卒。77年から服部栄養専門学校校長。医学博士。多くの料理番組に出演。食育や地球環境保護にも取り組む。「食育のすすめ」「ロビュションの食材事典」など著書多数。

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