特集・インタビュー
ホーム社説天風録地域ニュースカープ情報サンフレ情報スポーツ情報全国・世界のニュース
2004/8/15
全国初 防犯カメラ設置条例を施行 山田宏・東京都杉並区長に聞く

治安と人権 調和図る

 東京都杉並区は七月、撮影される側のプライバシー保護に配慮する「防犯カメラの設置及び利用条例」を施行した。治安維持のための監視と、プライバシー保護を、どう「調和」させるのか。公共的なエリアを撮影する防犯カメラの設置、運用基準を定めた条例は全国で初めて。発案者である山田宏区長に、制定の意義や背景、今後の課題を聞いた。

(東京支社・木原慎二)

有用でもルール必要 地域の自主連携が課題

 ―条例のポイントを挙げてください。

 区、商店街、鉄道会社や大型スーパーなどが防犯カメラを設置する場合に、区長への届け出を義務付けた。報告を求める内容は、設置目的や対象区域、管理責任者名、画像の保存方法など。画像の加工、流出といった違反が認められれば、区長は勧告を出し、改善されないケースは名前を公表する。区民からの苦情申し立ての道筋も整えた。

「常に監視」を懸念

 ―制定のきっかけは。

 ここ数年、新宿・歌舞伎町の治安対策や、長崎市幼児殺傷事件(昨年)の解決により、防犯カメラの有用性が再認識されてきた。杉並区でも二年前、公園周辺の治安を守るため、警視庁が防犯カメラ付きの防犯灯を設置することになった。その時、犯罪は抑止できるかもしれないけれど、住民が常に監視されているように感じ、公園の利用を敬遠するのでは―と懸念した。

 十数年前、英国で代議士のスタッフとして働いた際、防犯カメラが撮った自殺未遂者の映像が流出し、テレビ放映されて問題になった。その後、英国では防犯カメラを規制する罰則付きの法律がつくられた。

 そんな経験があり、国内でもルール化する必要性を痛感していた。区の地元商店街も防犯カメラを設置したい、との意向を示しており、まず有識者による専門家会議を立ち上げた。

道路交通法の考え

 ―監視で治安を維持しようとする考えと、プライバシー保護を両立するのは難しい問題ですね。

 治安が維持されてこそ自由、という主張が一つある。対して、プライバシーをコントロールする権利は、憲法で保障された人間の精神的自由であり、最優先されるべきだ―との考えがある。

 両方の法益のバランスをどうとるのか。分かりやすくするために、比喩(ひゆ)で説明している。道路交通法の考え。車は非常に便利だ。だが、自由に走れば事故は増える。防止するには道交法というルールがいる。車が便利だからといって、勝手に走らせていいわけはない。車を「防犯カメラ」に、便利を「犯罪に有効」と置き換えてみればいい。

 ―専門家会議の四人のメンバーはどんな基準で選んだのですか。

 情報化社会で基本となる肖像権と、治安の調和がテーマ。国内で初めての条例化に向けた議論の場であり、この分野のトップをそろえたと自負している。

 人権重視派と治安対策に重きを置く両サイドの学者二人と、中立的な弁護士に依頼。そして法律的にも詳しいと同時に、何より常識人である最高裁元長官の三好達先生に会長をお願いした。

社会を守る抑止力

 ―制定の背景には、情報化社会への警鐘もありそうですね。

 情報化社会では、デジタル映像を加工するのは容易だ。例えば、防犯カメラの画像と、住基ネットの本人の固有番号を結びつける技術が出てくるかもしれない。映っただけで、一瞬にどういう経歴で、どんな人で、どこに住んでいるかが分かってしまう危険は否定できない。治安維持のシステムは、国民全員を犯罪者扱いしないような環境で築かれるべきだ。この条例は、そういう意味で健全な社会を守るための抑止力ともいえる。

 ―施行されたばかりです。今後の課題は何でしょうか。

 違反者は名前の公表にとどめている。しかし、実効性が担保できない場合は、罰則を設けることも検討する。また、区の権限が及ばないため、国や都の防犯カメラについては条例の対象外としたが、趣旨を最大限に尊重してもらえるよう申し入れをする方針だ。

 そして何より訴えたいのは、防犯カメラはあくまで一つの手段でしかなく、地域のコミュニティーを再生しないと、治安は守れないということ。条例施行を機に、さらに住民、区役所、警察が連携し、自主防犯の取り組みを強めたい。


 全国への広がり 期待

 治安が急激に悪化する中、防犯カメラは、犯罪抑止や検挙の「切り札」とも言われる。だが、一歩引いて考えてみると、不特定多数の人を無断で撮影しているのに、設置、運用基準を定めた国の法律が存在しない現状は、プライバシーに対する意識の低さというほかない。杉並区の条例は、法律に先駆けた全国のモデルづくり、といった気概で進められた。

 山田宏区長は言う。「物の見方は複眼でなくてはならない。政策は効果が高ければ高いほど、必ず弊害もあると考えたほうがいい」。防犯カメラは非常に役立つが、決して万能ではない―そのマイナス面を是正するのが、条例の使命だ。

 今後、全国の自治体に制定の動きが広がるよう期待する。同時に、防犯カメラの有用性と、プライバシー保護との「調和」をより有効に図れるように、条例を検証、改善する姿勢を持ち続けてもらいたい。

picture
「ルールに基づいて防犯カメラが使われれば、住民の安心感も増す」と語る山田氏(東京・杉並区役所)
 やまだ・ひろし 1981年、京都大法学部卒。同年に松下政経塾2期生となる。27歳から都議を2期務めた後、93年7月に日本新党公認で衆院議員に初当選。96年10月、新進党から2期目に挑んだが、自民党の石原伸晃氏(現国土交通相)に惜敗した。99年4月の区長選で、区助役出身の現職を破って初当選し、現在2期目。東京都出身。46歳。
 杉並区防犯カメラの設置及び利用条例 昨年実施した区民意識調査では、95%が防犯カメラを「必要」と回答する一方で、34%が無差別撮影に不安を抱き、72%が設置の基準を求めた。これを受け、区は条例化を進め、届け出義務を規定した。対象となる場所は、道路、公園、広場、河川▽駅コンコース▽店舗面積3000平方メートル以上の商業施設▽500人以上収容の劇場▽区立施設―の5類型。危機管理室は民間20件弱、区立80件前後の届け出を見込む。

ホーム社説天風録地域ニュースカープ情報サンフレ情報スポーツ情報全国・世界のニュース