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2004/8/22
村を挙げ高齢者筋トレ 茨城県大洋村 石津政雄村長に聞く

寝たきり防ぎ医療費抑制

 サツマイモとメロンを特産とする人口約一万二千人の茨城県大洋村が、全国の自治体から熱い視線を浴びている。村を挙げて高齢者の筋力トレーニングに取り組み、寝たきりを防ぐだけでなく、老人医療費の抑制にも効果を挙げているからだ。なぜ高齢者に筋トレなのか。同村を訪ね、生みの親である石津政雄村長(57)に聞いた。

(編集委員・山内雅弥)

体力向上もくっきり

 ―大洋村の健康づくりが、注目されています。

 科学的な根拠に基づいた、高齢者の健康づくりを進めてきたからだと思う。スポーツインストラクターの指導のもとで、運動機能や体力などをきちんと測定して運動メニューを組み、継続して展開する。年に二、三回測定を実施しながら効果を確認し、さらにプログラムを見直している。

 「身のこなしが軽くなった」とか、「歩き方がうまくなった」などの主観的な効果ももちろんだが、「体力年齢」などの客観的なデータの形でお知らせしているので、納得できる。運動を続けていく動機付けにもなる。

専門家が支援

 ―行政自ら、取り組んだきっかけは。

 定年後に首都圏から村に移ってくる人が増え、高齢化率は28%と全国の水準に比べ、十五―二十年も先を行っている。だから、高齢者を元気にし、結果的に医療費を下げることが、行政の大きな課題と位置付けた。

 健康づくりの基地として、一九九二年に十二億円を掛け整備したのが、健康増進施設「とっぷ・さんて大洋」だ。黒田善雄・東大名誉教授をはじめスポーツ医科学の専門家に指導していただき、下肢の弱っている高齢者が、温水プールで徐々に筋力をつけながら、ステップ運動やトレーニングができる施設を目指した。温泉も備えている。

 ―高齢者が避けたいと願うのは寝たきりです。

 寝たきりになる原因は、脳卒中に次いで転倒による骨折が多い。転倒につながる「すり足歩き」の人は、背骨と大腿(たい)骨をつなぐ大腰筋が細いのに、ちゃんと歩ける人は、他の筋肉に多少ばらつきがあっても大腰筋はしっかりしている傾向が、九六年から取り組んだ筑波大との共同研究で突き止められた。ならば、大腰筋を太くすることに着目したトレーニングをすればいい、と思いついた。

 ―それにしても、高齢者に筋トレは無理なのではありませんか。

 これまで高齢者の筋トレはタブー視され、ほとんどデータもなかった。とはいえ、医師も含めた専門家のサポートもあるから大丈夫だろうと、ゴーサインを出した。

 実際に、村で参加希望者を募って調査してみると、踏み台昇降運動をベースにした筋トレを一年間週二回続けた人は、七十歳でも大腰筋が7、8%太くなった。一方、トレーニングしなかった人は、逆に7、8%細くなっていた。同時に、血圧を下げたり動脈を柔軟にする効果や、風邪に対する免疫能を高めることも分かった。どれくらいの運動負荷が有効か確認しながら、研究と実践を同時進行で進めた。

 ―医療費抑制の効果は上がっていますか。

 村の高齢化率は右上がりだが、高齢者一件当たりの通院医療費は横ばいで推移している。二〇〇一年度実績でみると、運動を三年間続けた十九人の医療費は平均二十万二千円。運動しなかった十九人の平均四十三万六千円に比べ、半分以下だった。相当の医療経済効果が出ていると思われる。

 それ以外に、運動には参加しないけれど、温泉目当てに来ている高齢者も多い。医療機関をサロンとして利用していた人たちを、基地として受け入れることによる効果も無視できないだろう。

人材育成が鍵

 ―介護保険見直しの柱である介護予防のお手本とされ、視察者が引きも切りません。

 「素晴らしい。ただ、自分のところには指導者とノウハウがない」。視察に訪れた自治体の首長が異口同音に言う感想だ。大洋村の場合は、ふんだんな研究費やサポーターに恵まれたが、そうでなければできないというのもおかしい。適切なソフトとノウハウをキャッチし、地域でリードできる人材を育成することがポイントになる。

 やれば、確実に医療費が下がり、介護費も下がる。国も二十一世紀の超高齢社会をにらみ、まず予防にシフトした投資をして、医療経済的な効果を求めることを考えるべき時期にきている。この村で得られた成果を、大いに利活用してほしい。


 マシン、ダンベル快い汗 コミュニティー形成も担う

 太平洋を見渡す高台にある、大洋村自慢の健康増進施設「とっぷ・さんて大洋」のトレーニングルームは、地元のお年寄りでにぎわっていた。
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マシンを使いながらトレーニングに励む高齢者たち(とっぷ・さんて大洋)

 「そういえば、風邪で寝込むこともなくなったなあ」。エアロバイクをこぎながら、岩田国男さん(74)は汗をぬぐった。八年前、併設の温泉に来て勧められたのが、通い始めたきっかけという。体力年齢は四十八歳。ウエアからのぞく筋肉が引き締まっている。

 トレーニングに訪れる高齢者は、七十九歳を最高に毎日二十〜三十人。マシンやダンベルを使った筋トレのほか、ステップ運動、水中エクササイズなど自分に合ったメニューに励んだ後は、温泉でくつろぐ。指導員の小見(おみ)友明さん(32)は「初めとは見違えるくらい、若くなった感じがする」と目を見張る。

 ステップ運動の教室に、参加させてもらった。高さ十五センチほどの踏み台を上り下りする運動で、心肺機能を高める有酸素運動と、大腰筋や下肢を鍛える筋トレの、一石二鳥の効果がある。

 ストレッチで体をほぐした後、軽快な音楽に合わせてスタート。簡単そうにみえたのもつかの間、手足の振りや床歩きを加えていくうちに、見る見る汗びっしょりだ。

 糖尿病と不整脈の持病をそれぞれ抱えている金子昭一さん(71)と妻の幸子さん(68)も、プールや筋トレと合わせ週に二、三回通っている常連。横浜から移り住んで六年、ここで友達もできた。「皆さんの顔を見て、一緒に体を動かせるのが楽しくて」と息を弾ませた。

 施設内にとどまらず、積極的に「出前」をしているのも、大洋村ならではのユニークな点だ。四人いる指導員と村の栄養士、保健師がチームを組んで地区の会合に出向き、畳や布団の上でできる運動を実践指導するなど、住民の健康意識を高める努力も重ねてきた。

 科学的な根拠に裏打ちされた運動メニューと、コミュニティーの触れ合いが、高齢者の元気の秘訣(ひけつ)かもしれない。

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「高齢者だからといって、壊れものに触わるようにするのではなく、身体機能を向上させる条件づくりが大事」と話す石津氏
 いしづ・まさお 1947年大洋村生まれ。日大大学院修了。東大教養学部助手(体育学)を経て、88年同村長に初当選。4期16年務め、9月6日に退任する。昨年6月、「大洋村健康づくりシステム」の開発で、産官学連携功労者の科学技術政策担当大臣賞を受賞。

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