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2004/10/24
農業の多面的機能 立正大名誉教授 富山和子さんに聞く

水田・山の貯水力見直せ

 中山間地域の農村や農業には、環境の浄化や保全を果たす多面的機能がある。今秋、その機能に何か異変が生じているかのような出来事が各地で起きている。相次ぐ台風で川ははんらんし、クマなどの野生生物が人里を歩き回る…。どこを見直し、改善すべきなのか。三十年来、「水田はダムである」を持論に農村や農業の役割を説く立正大名誉教授の富山和子さん(70)=東京都=に聞いた。

(東城支局・林淳一郎)

台風水害・クマ被害の防止 耕し、農村守ってこそ

 ―「水田はダム」の意味から教えてください。

 急しゅんな地形で川が短い日本では、降り注ぐ雨水を放っておくと、海へすぐに流れ込む。それを受け止めているのが水田。例えば、深さ三〇センチの水田に水が半分あるとする。大雨の時、あと十五センチは水をためることができる。水田一ヘクタールでは、何トン分になるだろうか。水田をつぶしてしまえば、治水のために貯水池やダムを別に造らなければならなくなる。

 せき止められた水は資源になる。土にゆっくり浸透し、地下水になって川を伝い、下流の都市を潤す。水不足で困らないのも、川の水がきれいなのも、多面的機能があるから。農村の田園風景は、訪れた人を癒やし、子どもの遊び場にもなる。

蛇口の向こう

 ―こうした恩恵に、みんな気付いているのでしょうか。

 私が訴え始めた三十年前は、多面的機能を考える研究者も学問の分野もなかった。最近、ようやく行政や研究者も指摘しだした。

 都市住民に考えてほしいのは、水道の蛇口の向こうに、どんな光景があるのかということ。山の斜面に張り付く田植え時の棚田は、まるで小さなダム群のよう。都市部に供給される水はこうした山あいの水が源だ。

 ―農村では過疎化などで、農地や山の荒廃が懸念されています。

 農村の過疎は、最大の環境破壊だと考える。農業は、人が自然を巧みに利用し、歴史を重ねて引き継いできた営み。ところが、農家は後継者不足に陥り、集落ごと消えてしまうケースも出ている。農地の土は使われなくなれば、作物をはぐくみ、水をたたえる機能は低下してしまう。

 日本の山は大半が原生林ではなく、人が植えてきた二次、三次林。人が燃料などに使うため、木を植えて山を育てた。人がかかわらなくなった国土は、ずたずたになる。今秋の水害も、農村が豊かなままなら、少しは結果が違ったのかもしれない。

 ―クマなどが人里に出没し被害も出ています。なぜですか。

 人が山にかかわらないのだから、野生動物には最大の天敵が遠のいたことになる。クマにしてみれば、奥山も、人里も、同じフィールドにしか見えない。しかも、里に下ると餌が豊富にある。国土が荒れゆけば、連鎖的に生態系にも影響を与えてしまうのは想像できる。おおもとの農村の現状を、しっかり点検しなければならない。

教育重い役割

 ―農村を立て直す方法はあるのでしょうか。

 農業を工業と同じように考えてはいけない。農村文化という言葉があるように、農業は文化だと考えている。農村に人が住んでいて初めて守ることができる。そういう視点に立って、国の政治も多くの学者も動いていないのは残念だ。

 農村と持ちつ持たれつのはずの都市が背を向けていてはだめ。都市住民は、誰に養われているのか、謙虚に考えてほしい。農村で頑張っている農家はもっと胸を張ってほしい。

 ―そのために何が必要ですか。

 学校教育から変えていく必要があるのではないだろうか。芋掘りだけを体験するのではなく、芋作りを学ぶことが大切だと思う。

 鹿児島市のある小学校では、コメ作りを、種もみの選別から田植え、刈り取りまで一年がかりで体験させている。水田を提供した農家とじっくり交流し、できたコメは保護者も一緒に味わう。都市と農村がつながった地域ぐるみの活動だ。モノ作りなど通じて農村を知り、都市の意識を地道に変えていくことが今、求められている。

農業や農村の多面的機能の評価額(億円)
 農業総合研究所
(1998年)
日本学術会議
(2001年)
農業工学研究所
(2004年)
洪水防止287893498859050
水質源涵養128871517060380
水質浄化――――69610
土壌浸食防止28513318156410
土砂崩壊防止1428478247290
有機性廃棄物処理6412360
大気浄化99――28030
気候緩和10587110
野生動植物保護――――20540
保健休養・やすらぎ225652375834790
合計6878882226476270
※農業工学研究所は、合計から農業などが環境に与えるマイナス部分を引いた約37兆円を経済的価値としている。

 都市も危機感持って

 日々の糧をはぐくみ、水をたたえ、時には癒やしの場になる―。中山間地域の農業や農村が果たす多面的機能は、暮らしに欠かせないものばかり。その価値が見いだされにくくなっている現状に、富山さんは警鐘を鳴らす。過疎化や高齢化がこのまま進み、農村の機能が衰えていけば、都市も共倒れしかねない、と。

 ここ数年、農村や農業の多面的機能の評価も始まっている。今年七月に農業工学研究所(茨城県つくば市)は経済的価値を約三十七兆円と発表した。農業総合研究所と日本学術会議も、それぞれ七兆円、八兆円と割り出し、その額は日本の国家予算の一割に近い。算出方法が違うため、額は異なるものの、どれも驚くほどの数字だ。

 瀬戸内沿岸の都市で生まれ育った記者も、毎日飲む水や川の流れの先に農村を見ていたかというと、答えはノーである。広島県北の東城町に赴任し、取材をして初めて農村の現実が見え始めている。中山間地域が荒れれば失う機能や価値は計り知れない。最小限の被害にとどまっていた自然災害も拡大するかもしれない。都市も農村も危機感を持ち、国土を守る知恵を絞る時にきている。

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「農業や農村が私たちの生活に多くの恩恵をもたらしていることを知ってほしい」と話す富山さん
 とみやま・かずこ 群馬県出身。1957年、早稲田大卒。評論家。日本福祉大客員教授も務める。水などの環境、国土の資源を総合的な視野からとらえた「水と緑と土」「日本の米」など著書多数。全国の農村風景を写真とともに紹介する「日本の米カレンダー」は、今年で15年目を迎え、国内外から反響を呼んでいる。国連の「国際コメ年」の今年、日本委員会副会長も務める。

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