核拡散 危機高まる
北朝鮮、イランの核開発や「核の闇市場」など、被爆六十年を前に世界で核拡散の危機が高まっている。各国で査察を手掛け「核の番人」といわれる国際原子力機関(IAEA)のモハメッド・エルバラダイ事務局長(62)が今月、二年ぶりに来日した。国連大(東京)での講演や日本記者クラブ(同)での会見を通じて事態の深刻さを訴え、核関連機材の取引を阻止する輸出管理体制の強化や核技術拡散を防ぐ核燃料サイクルの多国間管理構想などについて語った。
(編集委員・宮田俊範)
■イラン ウラン問題に道筋
IAEA理事会(三十五カ国)はイランに対して二つのことを要請している。セーフガード(保障措置)協定の順守とウラン濃縮計画の完全な放棄である。現状ではウランの転換試験や遠心分離機の組み立てなどを始めているが、ウラン濃縮まではしないという約束は守っているようだ。
理事会は、私が十一月二十五日までにこの問題に関する報告書を提出するよう求めており、イラン問題はその日がデッドラインになる。加盟国は報告書を受けて、国連の安全保障理事会に問題を付託するかどうか政治的に判断することになる。
私としては、イランで実施している査察と外交活動を通して問題を解決したいと考える。特に英国、ドイツ、フランスの三カ国が今、イランと政治的対話を続けており、セーフガード協定を順守するようになれば国際社会と幅広く対話をする道筋が開け、貿易や安全保障などの懸案も解決できる。このようなイラン問題は、北朝鮮問題と非常によく似ているともいえる。
■中東 イラク戦争 教訓に
IAEAは昨年三月のイラク戦争前まで査察を続けた。そして大量破壊兵器が見つからないまま戦争に突入した。そのことに無力感を感じるか、とよく聞かれるが、それはまったくない。われわれの役割は事実を究明し、その事実を国際社会に提起することだ。残念ながら戦争をもってしか証明できなかったが、大量破壊兵器はなかったという査察結果は正しかった。
このことからも、IAEAは国際機関として信用がおけ、独立性をもった機関であることが証明されたといえる。イラク戦争から教訓を学べるとすれば、各国政府は戦争の意思決定を下す前に、どうかわれわれの言葉に忠実に耳を傾けていただきたい、ということだ。
われわれはある国の核開発能力について語ろうとすれば、核拡散防止条約(NPT)に加盟し、きちんと査察を受けていることが条件になる。残念ながらインドとパキスタン、イスラエルはNPTに加盟していない。うちイスラエルについては先日、シャロン首相とすべての核施設について何らかのセーフガード協定の条項を適用できないか協議したところだ。
中東地域の安定化には和平プロセスと同時に大量破壊兵器をなくして非核化を確立する安全保障体制が重要である。そのため二〇〇五年一月にウィーンで中東のすべての国が参加した会議を開く予定だ。ささやかなステップではあるが、心強い一歩になるよう期待したい。
■闇市場 輸出管理の強化を
パキスタンのカーン博士たちは、核物質や核関連機材を不正に取引する国際ネットワークを構築していた。三十カ国にわたる約三十社が取引にかかわっていたことは、各国政府の輸出管理体制の失敗といえる。現在、各国と協調しながら、どれぐらいネットワークに広がりがあるのか調べており、数カ月後には調査を完了する予定だ。
核の闇市場が存在できた原因として考えられるのは、各国の輸出管理の法整備が未熟で、あらゆるサプライヤーが網羅されないなどの不備があったからだ。輸出管理にかかわる情報がIAEAと共有されていなかった問題点もある。IAEAは未申告活動について探知するのには限界があり、どんな物質や機材が運び込まれたか、詳しい情報が欠かせない。輸出管理システムを強化する新体制が必要であり、原子力供給国グループ(NSG)との間で情報共有を進めていきたい。
さらに今後、二十―三十年のうちに三十―四十カ国が核燃料サイクル技術を保有し、それらの国が潜在的な核開発能力保有国になる懸念がある。この事態を防ぐためウラン濃縮や再処理、使用済み核燃料の貯蔵などについて、多国間で管理する枠組みをIAEAの専門家諮問委員会で検討している。輸出管理の強化と核燃料サイクルの多国間管理を通じて多くの国が核不拡散の検証に参加することが重要であり、それが新たな安全保障体制の確立にもつながる。
加えて、NPTからの脱退については制限を設けるべきだ。NPTが発足当初から機能しなかったのは脱退の自由があったからで、まさしく北朝鮮の例が示した通りだ。核不拡散の実効性を高めるには今後、追加議定書が普遍的基準として採用されるべきで、できるなら核兵器を持つ五大国についても査察できるようにしたいと考えている。
■北朝鮮 査察再開 訴えたい
IAEAとしては残念ながら、北朝鮮から職員が追放されて以来、あまりコンタクトが取れない状況にある。北朝鮮側の説明通り、八千本の使用済み核燃料を既に再処理したとすれば、核兵器四、五発を製造できるぐらいの核物質を保有していることになる。国際社会の懸念は大きく、われわれが再び査察に戻れるよう北朝鮮が核拡散防止体制に復帰することが、国際社会にとっても北朝鮮にとっても利益につながると言いたい。
一方、最近は韓国でもIAEAに未申告でプルトニウム抽出とウラン濃縮の実験をしたことが明らかになり残念だ。韓国政府の説明からは核開発の意図は見いだせなかったが、IAEAは調査を続行している。この問題についても理事会が始まる十一月には報告書を出すつもりだ。
ただし、北朝鮮と韓国の問題は同列には論じられない。韓国は小規模な科学者レベルの実験であるのに対し、北朝鮮は国家の意思として核不拡散体制から離脱し、フルスケールの再処理工場を建設しようとしているからだ。使用済み核燃料を再処理したとまで言っている。北朝鮮が現在、六カ国協議に応じようとしない背景には韓国の未申告実験の影響があるといわれるが、私としては米大統領選の結果を待っていると考えている。
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