高齢化逆手に活気
今や、地方都市の中心市街地の形容詞ともなっている「高齢化」と「空洞化」。それを逆手に取って、五年前からお年寄りに優しい街づくりに取り組んでいるのが、松江市の天神町商店街だ。月一回の縁日ともなると、お年寄りばかりか、大勢の若者や子どもたちも繰り出してくる。「動く広告塔」として東奔西走する松江天神町商店街理事長の中村寿男さんに、街づくりの狙いと成果を聞いた。
(編集委員・山内雅弥)
「信仰・交流」で集客 若者・障害者も憩う場に
―世間では、若者を呼び込もうと腐心している商店街が多いのに、なぜ高齢者なのですか。
六十五歳以上が四人に一人を占める島根県は、全国一の高齢者県。県庁所在地の松江市では、天神町がある白潟(しらかた)地区が、最も高齢化が進んでいる。五年前、「日本一高齢者県の県都として、全国に先駆けて高齢化をリードする街をつくろうじゃないか」と、行政から声を掛けられた。
最初は半信半疑だった。ただ商店街自体もガタガタになっているし、地域の特性を生かした、生き残りのアイデアとしては面白い。早速、商店街の若手に声を掛けて、市や商工会議所と官民一体のワーキング会議を毎週開き、半年間でスタートにこぎつけた。
東京・巣鴨を参考
―具体的には、どんな取り組みを。
お年寄りの街づくりを進めるのに、三つのポイントを考えた。その一つとして、「とげ抜き地蔵」で有名な東京・巣鴨を視察して気付いたのが、信仰の対象がなければならないということだ。お年寄りは買い物というよりも、墓参りや神社仏閣へのお参りの方が出掛けやすい。
ならば、町内にある白潟天満宮を活用できないかと思案した揚げ句、宮司さんの協力を得て、天神さんの横に、お年寄りの神様「おかげ天神」を新しく建立した。天神さんは学問の神様。お年寄りにはいつまでも頭がさえる神様、「ぼけ封じ」の神様といっても通るじゃないかと。
―残る二つのポイントとは。
一つは交流の場が街の中にあること。病院の待合室にお年寄りが集うように、市にお願いして商店街の空き店舗二軒を改装し、お年寄りの「たまり場」を造ってもらった。ボランティアがお茶のサービスをしたり、トイレも自由に利用できる。
もう一つは、お年寄りが楽しみにショッピングできる街にすることだ。天神さんの縁日(毎月二十五日)を歩行者天国にして、お年寄りを対象にした商品のワゴンセールや露店を始めた。さらに、近隣の農・漁協の産直市なども立ち、天神市には少なくて三千人、多い日は一万人の人出がある。
大学生がショップ
―街づくりに取り組んで五年。変化は見えてきましたか。
二〇〇〇年、島根大法文学部のゼミが街にショップをオープンし、大学生が街づくりに加わった。それをきっかけに、天神市に体験学習でやってくる小中学生が増え始めた。フリーマーケットを出したり、路上アートをしたり、店の手伝いをしたり…。
障害者の授産施設からも、売店が出るようになった。当初は思ってもいなかったが、街がいい方向で、ざわざわしてきたことは確かだ。
―子どもたちや障害のある人にとっても、憩いの場になっているということですか。
天神市の日は、「弱者が安心して集える縁日」といってもいい。「安全・安心の街のイメージが定着してきた」と、民間のシンクタンクから、お墨付きをいただいた。
広いショッピングセンターの中を歩くのが大変なお年寄りや、居場所の少ない小さな子どもたちも、自分の気持ちで安心して歩ける空間。この街には、自然にそういう人が集まってきている。大手の商業ゾーンが抱えている問題を、ここで解決できていると思う。
歩道バリアフリー
―商店街のハード面の整備も始まりました。
古くなったアーケードの建て替えに併せ、歩道のバリアフリー化が来年二月に完成する。バリアフリーにするといっても、歩道を車道まで下げると、店舗と歩道の間に段差ができてしまう。県が車道の方をかさ上げすることになった。
お年寄りが歩きやすいように、歩道の電柱も除去したい。でも、長期にわたる電線地中化工事で、お客さんが逃げてしまうのは商店街にとって死活問題。そこで考えついたのが、アーケードの軒下にボックスを設けて、そこに電線を通す方法だ。地中化に比べ、コストは百分の一だし、工期も短い。国土交通省に問い合わせたら、「電線軒下化」は全国初のケースだった。
―これからの街づくりは、どんな方向へ進んでいくのでしょう。
お年寄りに優しい街づくりの一環として、七階建ての再開発ビル「安心ハウス」(三十二戸)が、来年七月に建つ。市が九戸を高齢者住宅として借り上げ、安い家賃で提供する。中心市街地への定住化も狙いだ。
三月には一足早く、クリニックを併設した精神障害者の授産施設(作業所)が出てくる。一般の人が入れるレストランを開くなど、障害のある人も一緒になって、街づくりをしていきたい。
―商店街にとっては、縁日だけでなく、平日にも足を運んでもらうことが課題ですね。
平日の人出は少ないが、天神市をやることで、商店街に対する理解は確実に良くなっている。昨年からは、ツアーの観光バスも入るようになった。老舗の生菓子を目当てに、県外からやってくるお客さんが多く、他業種の店にも相乗効果がある。まず地の人を大切にしたから、観光を立ち上げられたし、商店街としての発言力が強くなったことも間違いない。
特性プラスに再生を
街をステージに、お年寄りが主役を演じると、誰にとっても居心地のいい空間が生まれることを、雄弁に物語っているのが、天神町商店街の実践だろう。民間と行政が両輪となり、あうんの呼吸で舞台裏を支える。
高齢者に優しい街づくりを掲げる商店街のシンボル、「天神まめな館」と「いっぷく亭」。天神市のスタートに併せて五年前、お年寄りが気軽に立ち寄れる場にと、松江市が空き店舗を改装してオープンした。
「まめな館」をのぞくと、二十三人いるボランティアの一人、深田光枝さん(82)が、熱いお茶を入れてくれた。「いろんな人と話ができて楽しいですわ」。一人暮らしの深田さんは週一日通い、お茶の接待や話し相手を務めるという。高齢者はお世話を受けるだけではない。
バス停前の待合所も兼ねた「いっぷく亭」は、マッサージルームまで備え、おまけに料金も割安とあって評判がいい。市から保健師や歯科衛生士が定期的に出向き、健康相談や血圧測定、検尿を実施している。リピーターも多い。
若者の獲得にしのぎを削っている地方都市の商店街。「目の前に、高齢者という素晴らしい『素材』があるのに、なぜ夢ばかり追うのか」。中村さんは痛烈に問い掛ける。地域の特性を把握し、それをプラスに生かすことが、まず再生の第一歩になる。
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