「韓流」糸口に共通認識
日本は今年、その大衆文化に熱いまなざしを注ぐ韓国と関税を互いに撤廃する自由貿易協定(FTA)の妥結を目指す。顧みれば二〇〇五年は、日本が韓国の外交権をはく奪した第二次日韓協約から百年、植民地統治の終えんを告げた敗戦から六十年、国交正常化四十周年と重なる。「過去」を見つめて「未来」を考える節目の年といえる。朴承武駐日韓国公使(57)を訪ねると、「本当の意味での友好関係、未来志向となる年にしたいですね」と流ちょうな日本語で語った。「ソンビとサムライ」と題した著書を日本でも出版した外交官は元広島総領事でもある。
(編集委員・西本雅実)
FTA交渉 妥協点探る
―ドラマ「冬のソナタ」にみられる「韓国ブーム」、今の社会現象をどうみておられますか。
「冬のソナタ」の人気が示しているのは、日本でかつてはやった純愛物語の再来との見方がありますが、それより韓国人と日本人が共通の情緒を持っている、それを確認したシグナルだとみています。お互い米国と比べてみれば、その緊密さがよく分かる。共通の情緒の確認から理解を深めていくきっかけにしなくてはと思います。
互いに先入観
―ブームは常に一過性とはいえ、もともとは中国語で「韓国ブーム」を表す「韓流」は日本の「片思い」もあると?
文化的、地理的にも近い分、自分たちが持っている先入観や認識で相手を評価し、誤解が起きやすい。相手の立場になっては考えてはいない。互いに分かっているようにみえるけれど、知らないところも多い。それを認め合うことが大切です。
―日本語版を昨年十二月に出された「ソンビとサムライ」(韓国では二〇〇三年に出版)は、「士大夫(文人の意)と武士」と共に政治を司った「士」の価値観や今に続く影響の違いを紹介し、歴史を踏まえての友好を説かれています。
「親日」との言葉の使われ方も違いますね。日本の人は「親日」を肯定的に使うが、韓国ではどうしても否定的な意味となる。江戸時代の朝鮮通信使に代表される良好な関係もありますが、韓国人は植民地支配を体験した。その世代が健在です。記憶が残る。忘れられない不幸な過去があったのは事実です。
―著書でも、広島総領事として講演で歴史問題に触れると、経済人から「日本はいつまで謝ればいいのか」と問われた経験に言及されています。認識の隔たりは深い?
盧武鉉大統領は、昨年七月の首脳会談で歴史問題や首相の靖国神社参拝の問題を任期中に取り上げる考えはないと述べました。あの発言は、新しい韓日関係を出発させる前に、こちらが提起しなくても、日本が謙虚に判断して行動してほしいとのメッセージなんです。
韓国では日本の映画やポップスなどの開放やワールドカップ(W杯)の共催を通して、日本は「冬ソナ」現象と、互いに好感度が高まっている。こうした良好な関係を生かして隔たりを埋め、共通の認識の輪を広げるべきです。もちろん韓国も日本への偏った考えを改める。それが真の意味での未来志向だと思います。
巨大な市場に
―日韓は今年、国交正常化四十周年を記念する「友情年」と位置付けてさまざまな文化交流事業を展開するとともに、自由貿易協定の妥結を目指しています。
FTAが締結されると総人口で約一億七千五百万人、GDP(国内総生産)でいえば世界の17%になる巨大なマーケットが誕生し、モノ、金、人が自由に往来できるようになる。民主主義と自由経済の二本柱で支えられている両国間のFTAは、東アジアに大きなインパクトをもたらします。
―ただ、交渉は一昨年に始まりながら進んでいるとはいえません。経済担当の公使とされ、現状と行方をどうみておられますか。
関税の撤廃や猶予期間について個々の品目をどうするかが難しい。とりわけ農産物はお互い政治的に敏感な品目です。
韓国と日本は、半導体や機械類の輸出と似た貿易構造を持っています。工業製品の関税を仮に同時に百パーセント撤廃すると、全体の平均関税は韓国側が7、8%、日本側は2%となり、韓国が不利。日本から安くて質のよい製品が大量に入れば、中小企業の倒産など社会問題です。日本側が誠意を見せてくれれば、FTAの長期的なメリットを国民に説明できる。いずれにしろお互い努力して妥協点を見つけていきたいと考えています。
―日韓の連携いかんは東アジアの安定と平和にもかかわります。
平和に不可欠
韓国から昨年一年間に日本を訪れたのは約百七十四万人、これは日本にとって国別で最大の数です。日本からを合わせると四百万人近い行き来がある。四十年前は一年間で一万人だったのが実に四百倍となった。これほど密接な関係に発展してきたからこそ、共通の認識を多くの領域で広げていきたいですね。北朝鮮の核開発を阻止し、東アジア、世界の平和をつくるうえでも韓国と日本の豊かな交流と協力が欠かせません。パートナーであってよきライバルという関係をつくっていきたいと思います。
知ることから行動に
「ソンビとサムライ」は、中国新聞が毎週日曜日の朝刊に掲載している「こどもジャーナル」で、児童・生徒からインタビューを受けた広島総領事時代の体験(記事は二〇〇二年四月七日付)から筆を起こしている。
W杯共催を控え総領事館を訪れた子どもたちの「もっとお互いのことを知り合い、いっそう仲良くなれたらいいなあ」との感想に、「とても感動した」とつづっている。それは、「近くて遠い」といわれ続けた日韓両国が、建設的な関係をつくる出発点であるからだ。
「冬ソナ」現象に沸く日本では、ほとんど顧みられていないが、韓国では植民地支配が始まってから百年ととらえ、日本が自らの歴史をどう認識しているかを問う意識が強い。昨年十二月に首相や閣僚の靖国神社参拝の中止を求める決議案が初めて国会に提出されたのも、その現れといえる。
日本と韓国はつながりが深いためか相手への遠慮も薄い。摩擦が起きやすい。だからこそ相手との共通点、隔たりをもっと知り、振る舞いたい。それが国交正常化から四十年を迎える成熟した間柄といえよう。
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