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2005/2/20
核軍縮は進むか 上智大 猪口邦子教授に聞く

被爆体験 強い訴求力

 核軍縮の柱を成す核拡散防止条約(NPT)再検討会議が、米ニューヨークの国連本部で五月にある。前回二〇〇〇年の会議は「核兵器の完全放棄への明確な約束」を全会一致で採択したにもかかわらず、実施の展望は見えない。世界を脅かす核依存から脱却する手だてはないのか―。上智大の猪口邦子教授(52)を訪ねた。ジュネーブ軍縮大使を務め、兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約の交渉開始の合意を世界から取り付けた。そのタフな体験を踏まえ「被爆国の日本は軍縮の旗手たるべきだ」と説く平和論を伝える。

(編集委員・西本雅実)

兵器用核物質 生産禁止 日本が旗手に/NGO 発信力高めて

 ―今回の再検討会議で喫緊の課題とは。

 NPTは世界の安全保障に不可欠であり、北朝鮮のNPT復帰が最優先の課題として認識されるべきです。なぜ核武装を考えるに至ったのかを含め北朝鮮の不安感を払しょくし復帰させないと、逃げ切れるという間違ったメッセージを送ることになる。復帰を実現させる外交が要る。それから、カットオフ条約の交渉です。米国も昨年七月に交渉入りを表明し、かつてない好機。交渉は「9・11」以降、米国が抱く核テロの恐れを取り除くことにもなる。

 ―前回の再検討会議で盛り込まれた核軍縮措置の一つカットオフ条約については、一昨年のジュネーブ軍縮会議で議長に就き、交渉開始の合意形成に尽力されました。条約が持つ意味を。

 核兵器の生産そのものの禁止を意味する。既存の核兵器はNPT第六条で「誠実に軍縮する」となっており、カバーされていないのは今後造られる核兵器。造る可能性があるのはNPTでいう「核兵器国」であり、それを不平等だとして加盟していなかったり、脱退した国です。それらの国を含めて核兵器の生産を今後禁止する価値規範は、普遍的な条約によってのみ確立する。

 核軍縮を前進させる勢いをうるために、不平等性を持たせない次代の核軍縮条約をつくる。そこで初めて全世界が入る核軍縮条約が成立し、核兵器が造られない世界が生まれる。これを日本のイニシアチブで実現していく。五月の再検討会議では実績からも、日本が鉢巻きを額に締めて取り組むテーマだし、それを期待する国は多いんです。

 実利を超え尊厳

 ―世界からは日本は軍縮推進大国であってほしいと思われている。そう説かれていますが、市民にどんなメリットが。

 日本市民として誇るべきものを持つということです。武器による人間の悲劇を最小化することは究極的な価値だと思うし、軍縮は紛争を予防する。自分たちの努力や税金により、世界で対人地雷や銃弾、場合によっては核兵器がもたらす凄(すさ)まじい被害と悲劇のシナリオを変えることができる。軍縮・不拡散・人道支援を推進し、日本がその分野で旗手であることは実利を超えた人としての尊厳になる。

 ―市民も政府もそうした社会を意識的につくる上で、被爆体験はどう位置付けられると。

 グローバリゼーションの時代というのはどの国も標準化、似たり寄ったりになる。そこで違いが出るのは履歴なんです。自分にしかない履歴を深く受け止めることからパワーが生まれる。被爆体験はメディアが毎年夏に取り上げるテーマといった消極的な受け止め方ではなく、それこそがよって立つ根拠であり、強いメッセージを発せられるのは日本だけと積極的に認識するべきです。

 例えば、小銃から携帯ミサイルまでの小型武器により毎年五十万人を超す犠牲者があり、多くが女性や子ども。小型武器軍縮の初の国連協議で議長を務めた際、被害者の声を議場に届ける、聞く「レイズ・ザ・ボイス」というキャンペーンをNGO(非政府組織)と連携して実現させました。小型武器でいえば日本の議長より、ルワンダの人たちが言う方が何百倍のインパクトがある。被害国のパワーを超える言説はあり得ません。

 戦略的な思考を

 ―核軍縮を訴える日本のNGO活動については。広島の被爆者や市民団体、市長が会長の平和市長会議が五月ニューヨークに向かいます。

 欧州のNGOは知識集約型といえます。大学の研究者も加わり国連に負けない水準の年鑑を発行し、優れたサイトを持つ。特定のイデオロギーを超えた横断的な活動をする中で市民に知識を提供し、また支持される好循環にある。

 日本でも市民に核軍縮の世界的レベルの知識を説明、啓発するNGOが出てほしい。そこで大事なのはアウトリーチできたか(相手に届いたか)、結果として違いをもたらせたか、です。戦略的思考が要る。広島のNGOでいえば履歴を生かし、被爆者の声を世界にアウトリーチさせる、世界が広島を訪れるキャンペーンを張る。忘れられない想像力を授けることになります。

 ―核軍縮に展望は持てるでしょうか。

 カットオフ条約の五年以内の締結が、大きな多国間軍縮の一歩。その流れができれば包括的核実験禁止条約(CTBT)も動きだす。カットオフ条約発効は、マンハッタン計画(米国の原爆開発計画)以来の核兵器生産の歴史に終止符を打つことです。一〇年の再検討会議ではNPTの六条問題(誠実に軍縮するとの条文)がクローズアップされ、核の削減が加速度的に進むでしょう。難題はあるが人間の英知を結集したい。五月の会議を失敗したら世界は恥ずべきです。


 「訴え届いたか」が重要

 核軍縮は遅々として進まない。それどころか二〇〇一年の米中枢同時テロを引き金に、世界は混迷を深め戦禍が続く。米国は「使える核」として小型核の開発を狙う。「核の闇市場」が明らかとなり、NPTを脱退した北朝鮮の核保有宣言も今月十日に飛び込んだ。

 NPTは、国連常任理事国でもある五カ国に核兵器の保有を認める「不公正さ」を内包する。米国や中国はCTBTを批准せず、発効のめどは見えない。核廃絶を訴える日本のNGOは、米国の「核の傘」に実質入る日本の軍縮外交も厳しく批判する。

 だが、猪口さんの言葉を借りれば、核軍縮・平和は「ガラス細工を積み重ねるような営みによってようやくもたらされる」。私は核兵器に反対だ、訴えたはいわば自己満足。相手に届いたか、変化をもたらしたかの戦略が要るという考えは示唆に富む。被爆地からの訴え方であり、メディアの伝え方にもだ。

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 いのぐち・くにこ 1982年に米エール大で政治学博士号を取得、90年に上智大法学部教授。2002年4月から2年間、軍縮大使としてスイス・ジュネーブに赴任、03年には軍縮会議議長を務めた。著書に「戦争と平和」(吉野作造賞)や「戦略的平和思考」など。
核拡散防止条約(NPT) 1968年に署名、70年に発効(日本は76年批准)した条約は米、ロシア、英、フランス、中国の5カ国を「核兵器国」と定め、それ以外の国の核兵器の保有などを禁止する。2000年のNPT再検討会議は「核兵器の完全廃棄への明確な約束」と包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効や、兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約の早期交渉など13項目の核軍縮措置を採択した。保有が確実視されるインド、パキスタン、イスラエルは未加盟で、北朝鮮が脱退するなど核の拡散が広がる。再検討会議は5年に1度、今回は5月2―27日まで。
<核開発と核軍縮>
1943年米国が原爆開発計画をスタート
45年米国が広島、長崎市に原爆を投下
49年ソ連が原爆実験
52年英国が核実験
60年フランスが核実験
63年米、ソ、英が部分的核実験禁止条約に署名
64年中国が核実験
70年NPT発効
74年インドが核実験
95年NPT無期限延長
96年CTBTが国連で採択(日本は翌年批准)
97年米、爆発を伴わない臨界前核実験
98年インド、パキスタンが核実験
2003年北朝鮮がNPT脱退を宣言
04年パキスタンの科学者が核技術流出を認める

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