不変の感動空間目標
神楽団ののぼりが、夜風になびく。間を縫って階段を上ると、暗闇に浮かぶ神楽専用の舞台「神楽ドーム」が出現した。はやしの鼓動に突き動かされ、激しく回転する舞手たち。舞台は、クライマックスを迎えていた。
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夜神楽でにぎわう神楽門前湯治村の神楽ドーム
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安芸高田市美土里町の神楽門前湯治村。「九州にも有名な神楽はあるが、施設の充実ぶりが違う。生の迫力が伝わってきた」。八月中旬、夜神楽公演を訪れた福岡県北九州市の高校教諭松田隆さん(49)は、舞台の余韻に浸っていた。
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神楽を起爆剤にした町おこしを目指し、一九九八年に開業した。一億円の「ふるさと創生事業」を発端に、町の年間予算にあたる約三十億円の大事業の計画が描かれた。年間一万人に満たない観光客を十倍以上に増やす構想に「神楽で人を呼べるのか」「採算は合うのか」。難色を示す町民、神楽団ばかりだった。
「神楽団の元気な姿を見れば、地域に活力が生まれる。美土里のため協力してほしい」。説得が続いた。転機は九四年に始めた地下水探査。掘り当てた水は「飲用不適」だったが、温泉成分が含まれていた。偶然、見つかった温泉が、事業を後押しした。
「町づくりの先頭に立つ神楽団が、誇りを持って舞える環境づくりが仕事」。運営する第三セクターの溝本郁夫社長(49)は強調する。四―十一月の日曜日、四十回前後の定期公演を開く。収益の半分以上は神楽団に還元する。
温泉や宿泊施設を含む利用客は年十七、八万人、売り上げは四、五億円で安定している。地元農産物の栽培や雇用、入湯税など波及効果も二億円弱あり、「神楽を通じて、美土里の魅力を伝える機会ができた」とみる。
一年通しての公演を望むファンもいる。「神楽団へ無理に舞ってもらっても感動は伝わらない」。都市部では照明や音響など演出を工夫した「スーパー神楽」が人気だが、湯治村は土着の神楽にこだわる。それでも年五回の神楽大会を含む観客は年四、五万人と微増傾向が続く。
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キーワードに掲げるのは「不変性」だ。「何度見ても飽きないのが神楽の神髄。常に変わらない懐かしさを感じられる空間を目指している」。そのこだわりは、昭和三十年代を想定した格子造りの宿泊施設や茶店が続く門前通りでも貫いている。
安芸高田市出身の溝本社長。地元の高校で神楽を経験した後、東京の大学へ通ったが、「地元を離れ、古里の原風景を残したい、という思いがわいた」。Uターンして町職員になり、昨年二月に退職した。「将来をかけて取り組んできた仕事ですから」。退路を断ち、湯治村の専従として、神楽に生きる。
第4部おわり
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