ベトナムが初めての原子力発電所の建設に向けて動きだしている。2017年を目標に2基、出力200万キロワットの原発を稼働させる予定で、既に建設候補地を3カ所に絞り込んだ。1986年から社会主義体制を維持しながら、経済改革・開放も図るドイモイ(刷新)政策を推進。その結果、経済が急速に発展して、電力需要が大きく伸びているためだ。東南アジアではいまだ原発は稼働しておらず、ベトナムが初のケースになりそうだ。
電力需要 8倍予測
ベトナム北部の玄関口、ノイバイ国際空港と首都ハノイ市を結ぶ高速道路。車で約十五分の中間地点に差しかかると、道沿いに「キヤノン」「デンソー」などの看板が並び、タンロン工業団地(百二十一ヘクタール)が姿を現す。住友商事とベトナム建設省傘下の国営企業が建設した工業団地で、立地する日系メーカーは既に二十九社に上る。
二〇〇一年に進出したキヤノンは生産中止した米国工場に替わって最新のインクジェット・プリンターを毎月六十万台製造。松下電器産業は昨年九月から洗濯機、冷蔵庫などの「白物家電」を生産している。こうした生産拡大により、同工業団地があるハノイ市北部の電力需要は昨年、25%も伸びたという。
工業省エネルギー研究所のファン・カン・トアン所長は「ベトナム全土の電力需要は毎年10%を超す勢いで伸びている。新たな発電所の建設を急がないと、将来は中国のように電力が不足し、生産活動に支障をきたす恐れがある」と分析する。
一九八六年からスタートしたドイモイ政策の下で企業進出だけなく、ハノイ市内では次々に近代的なオフィスビルやホテルが出現。車やバイクも増えて渋滞が激しい。家電製品を並べた店が軒を連ねる「電気街」も出現した。発展の勢いを顕著に示しているのが電力需要の伸びで、発電電力量は九〇年から二〇〇〇年の十年間で三倍に急増した。
工業省とベトナム電力公社が二〇〇〇年にまとめた「電力発展マスタープラン」では、将来の電力需要も引き続き大きな伸びが見込まれている。年平均経済成長率7・4%のシナリオでは、二〇一〇年は二〇〇〇年の三倍、二〇二〇年には八倍もの電力が必要になると試算している。
需要にこたえるには、水力、火力などの発電設備を現行の計七百二十万キロワットから、二〇二〇年には計四千三百万キロワットへ増やさなければならない。工業省エネルギー・石油・ガス局のファン・マン・タン部長は「ベトナムには豊かな川や石炭、天然ガスなどエネルギー資源は多いが、それでも二〇一五年以降は賄い切れなくなり、エネルギー輸入国に転じる。だから、原子力に取り組まないと電力供給が追いつかない」と強調した。
ベトナムが原発建設を視野に入れ始めたのは一九九四年から。工業省と科学技術・環境省が原子力政策の作成に取りかかり、二〇〇一年の共産党大会で正式に承認された。昨年夏に予備的な事前調査を終え、建設候補地をフーイエン省のホアタム、ニントアン省のビンハイ、フォックディンの計三カ所に絞り込んだ。
トアン所長は「南部のホーチミン市周辺では年に五割近く電力需要が伸びているところがあり、南部に近い場所を候補地に選んだ」と選定理由を説明。年内に調査結果を国会で承認した後、建設地の決定、原子炉の選定などの具体的な計画づくりへと進む。
一方、ベトナムの原発建設計画に対して、日本をはじめ、韓国やフランス、カナダなど、原子力関連産業を持つ国が協力を申し出ている。二〇三〇年までに、さらに百万キロワット級の原子炉八基を建設する可能性があり、大きなビジネスチャンスとみているからだ。
タン部長は「アジア諸国の中でも、原子力をうまく利用してきた日本と韓国は経済発展を遂げ、先進国の仲間入りを果たした。われわれも見習い、早く先進国に追い付きたい」と展望を描いている。
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■ベトナムの電力需要予測 (工業省エネルギー研究所)
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2000年 |
05年 |
10年 |
15年 |
20年 |
発電電力量
(億キロワット時) |
266 |
490 |
785 |
1,269 |
2,014 |
最大電力
(万キロワット) |
489 |
823 |
1,298 |
2,070 |
3,237 |
1人当たりの電力消費量
(キロワット時) |
341 |
591 |
817 |
1,261 |
1,881 |
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ドイモイ政策の下で経済発展が著しいハノイ市内。生活水準も向上し、車やバイクが増えて目抜き通りの渋滞は激しい
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ドイモイ政策
ベトナム語でドイは「変える」、モイは「新しい」を組み合わせた言葉で「刷新」を意味する。1986年12月の共産党大会で採用された。社会主義体制を堅持しながら、経済改革・開放を進める狙いで、「豊かさ」と「活性化」が柱。
具体的には、従来の重工業優先主義の見直し、生活消費財の生産拡大、国際経済への参入―などの政策が盛り込まれている。共産党政府が主導してきた計画経済から、市場経済への積極的な移行を打ち出している。 |
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