北朝鮮、イラン、リビアなどアジア・アフリカ諸国で次々に核開発や疑惑が明らかになっている。こうした国々への査察を手掛け、原子力の平和利用と同時に核拡散の防止に努めているのが国際原子力機関(IAEA)だ。創設のきっかけとなった米アイゼンハワー大統領の「平和のための原子力」提唱から50年。核拡散への懸念が広がる中で、「核の番人」といわれたIAEAは、その存在価値が問われる正念場を迎えている。
「安全基準」も制定
ウィーン市郊外にあるIAEA本部。昨年十二月四日、米アイゼンハワー大統領が一九五三年十二月に「平和のための原子力」を提唱して五十周年を迎えたのを記念し、米国政府から贈られた同大統領の胸像の除幕式が開かれた。
胸像が飾られた中央ホールに集まったのは、幹部職員ら約三百人。エジプト出身のモハメッド・エルバラダイ事務局長は胸像と並んで演壇に立ち「広島、長崎で起きた悲劇を繰り返さないために、われわれは世界の核拡散防止に向けていっそう努力しなければならない」と決意を語った。
エルバラダイ事務局長がIAEA職員に奮起を促したのは、アジア・アフリカ諸国で最近、相次いで核開発や疑惑が明るみに出たからだ。
北朝鮮は二〇〇二年十二月末にIAEAの査察官を国外退去させた。その後も核兵器保有を認めたり、一九九四年の米朝枠組み合意で凍結していた寧辺(ニョンビョン)1号機を再稼働させるなど、事態はエスカレートしている。
イランでは、遠心分離機約一千個を使ったウラン濃縮施設など未申告の施設があることが判明。中国からひそかにウランを輸入していたことも分かった。昨年十一月のIAEA理事会では非難決議を採択。イランは結局、追加議定書を調印し、三月までIAEAの特別査察が続くという。
IAEA本部のビルモス・セルベニー対外関係・政策協力部長は「イランは協力的な方向へ転換して見通しは明るくなったが、北朝鮮は心配だ。イランを見習い、早く問題解決に向けて踏み出してほしい」と述べる。
IAEAの設立は、アイゼンハワー大統領の提唱から四年後の一九五七年。現在は百三十七カ国が加盟し、米、英、仏、露、中の核保有五カ国や日本、ドイツなど計三十五カ国が理事国として運営に当たる。組織は安全保障、原子力安全、技術協力など六局に分かれ、職員は二千二百三十人。予算は年間約二億五千万ドルだ。
最大の役割である保障措置(セーフガード)は、核兵器を製造可能な量の核物質が平和目的以外に転用されていないか検証するのが目的。その現場活動が査察である。
例えば、日本の原発ではみだりにウラン燃料や使用済み燃料などの核物質を移動させるのを防ぐため、IAEAは原子炉格納容器の扉などに封印をし、監視カメラなども設置。常に正しい状態にあるか確認したり、核物質の保管量と在庫データも照合して、異常がないかチェックしている。
青森県六ケ所村で建設中の核燃料サイクル施設の場合は、使用済み燃料からプルトニウムを取り出す再処理工場があるため、最重点の査察対象である。査察に当たるIAEA保障措置局のシャーリー・ジョンソン・JNFLプロジェクト長は「日本は世界で最も査察に協力的だが、再処理だけは万一の事態もあってはならず、われわれは厳しい目でチェックしている」と説明する。
一方、IAEAのもう一つの役割が平和利用の推進だ。次世代の原子炉開発や原発を使った海水淡水化をはじめ、医療、農業分野での放射線の利用など年間約八百に上る国際的なプロジェクトを実施している。
セルベニー対外関係・政策協力部長は「最近は北朝鮮やイランの核問題などで査察ばかり注目されているが、IAEAは原子力に関するあらゆる分野で国際協力や指導の中心的な役割も担っている」と強調する。
安全性の向上に向けた取り組みも重要。今やベトナムなどアジアの発展途上国が原発建設を計画する時代になり、国ごとの安全基準の違いや運転レベルの差を埋めるため、世界共通の安全基準も制定している。
最近は国相互に原発の運転状況や規制を検討し合うことで、運転レベルの向上に役立てるピアレビューも実施。一九八三年の韓国・古里原発を皮切りに、日本でも高浜(福井県)、浜岡(静岡県)などの各原発で導入され、今年は柏崎刈羽原発(新潟県)が受ける予定である。
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ウィーン市に本部を置くIAEA。アジア・アフリカ諸国で次々に核開発が明らかになり、体制の強化が急務だ
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NPT
核兵器の不拡散に関する条約。1970年に発効し、2002年末現在で188カ国が加盟している。日本は76年に批准した。米、英、仏、露、中の核兵器保有5カ国以外への核拡散を防止するのが目的で、主な非締結国はインド、パキスタン、イスラエルなど。締結国のうち非核兵器保有国は核兵器の製造、取得などが禁止され、IAEAの査察受け入れが義務付けられている。抜き打ちや未申告施設への査察を認める「追加議定書」の締結国は38カ国。 |
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