北朝鮮、イラン、リビアなどアジア・アフリカ諸国で次々に核開発や疑惑が明らかになっている。こうした国々への査察を手掛け、原子力の平和利用と同時に核拡散の防止に努めているのが国際原子力機関(IAEA)だ。創設のきっかけとなった米アイゼンハワー大統領の「平和のための原子力」提唱から50年。核拡散への懸念が広がる中で、「核の番人」といわれたIAEAは、その存在価値が問われる正念場を迎えている。
18年 費用今も返済
マニラ市から高速道路や山道を車で三時間余りかけて、ようやくバターン半島の付け根付近にあるバターン原発(出力六十二万キロワット)にたどり着いた。コンクリート製の建物は廃止後十八年間も使われていないとは思えないほど、きれいな外観を保っている。
海に面した五百ヘクタールに及ぶ広い敷地の中で、働いているのはフィリピン国家電力公社(NPC)の職員三人と補修や清掃などに当たる作業員十人だけである。レビ・アラベロ・バターン原発マネジャーは「建設時には二千人が働いたが、今はわれわれが残るだけ。売り先が見つかるまで、きちんと保管しておくのがわれわれの役目だ」と寂しそうに説明した。
バターン原発の着工は一九七六年。当時はマルコス大統領が最も勢いがあった時期である。
その建設は七三年に起きた第一次石油ショックによって後押しされた。フィリピンでは石油価格が四倍に高騰。エネルギー消費の九割を石油に頼っていた中で、原発の導入を急がざるを得なかったという。
だが、着工後に事態は急変する。七九年に米スリーマイルアイランド原発事故、八六年にはチェルノブイリ原発事故が起きたからだ。
フィリピン原子力研究所のアルマンダ・デラ・ローザ所長は「着工するまでは国民みんなが原子力に賛成だったが、建設中に起きた二度の原発事故の影響でフィリピン社会が反原発へ変わってしまった」と残念がる。
燃料損傷や炉心溶融などを起こしたスリーマイルアイランド原発は、バターン原発と同じ加圧水型軽水炉(PWR)だったため、マルコス大統領は建設をストップして事故調査委員会を設置。バターン原発の設計には問題がないとされて建設が再開されたが、一年以上も工事が中断した。
ただ、スリーマイルアイランド原発事故を教訓に十五カ所の改良を施したり、工事の遅れも重なって建設費は当初の十一億一千万ドルから十九億五千万ドルへと二倍近くに高騰。この影響で発電コストが石油火力発電所と変わらなくなり、稼働後の経済性に疑問を投げ掛ける結果となった。
廃止を決定づけたのが原子力を積極的に推進していたマルコス政権の崩壊とチェルノブイリ原発事故である。「原発=マルコス政権」という悪いイメージが形成され、マルコス政権打倒の政治運動と反原発運動が結び付いた。最終的にチェルノブイリ原発事故がとどめとなり、アキノ大統領は98%まで完成していたバターン原発の運転認可を出さず、廃止を決めた。
それから十八年。ラモス大統領時代には一時、天然ガスの火力発電所への改修工事が計画されたが、コストがかさむことを理由に見送られた。エネルギー省計画局のエディト・バルセロナ副局長は「バターン原発はあまりにも政治的問題だったため、歴代政権は再び動かそうとはしなかった。今後もフィリピン社会が原発受け入れへと転換しない限り、原発の導入は難しいだろう」と言う。
バターン原発は廃止後も余波が続いた。フィリピン政府は八八年に製造元の米ウェスチングハウス社を相手取り「マルコス氏に違法にわいろを渡し、原発にも欠陥があった」として二十億ドルの損害賠償請求を提訴。だが、九三年に米国ニュージャージー州地方裁判所は提訴を却下し、ウェスチングハウス社が一億ドルを支払うことで和解した。
ローザ所長は「同じ時期にウェスチングハウス社が建設した韓国・古里原発は今も稼働している。もしバターン原発を稼働させたとしても、恐らくきちんと動いたのではないか」とみている。
バターン原発は現在、年間一億円の維持費をかけながら、買い手が現れるのを待っている。建設費は今も返済中で、一日三十六万ドルという。アラベロ・バターン原発マネジャーは「ここは原発の訓練センターとして使えるし、遊園地のようなエンターテインメント施設にも転用可能だ。とにかく早く売却することで、国民の負担を減らしたい」と願っている。
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廃止から18年がたったバターン原発。年間1億円かけて維持されながら、売却を待っている(フィリピン・バターン州)
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1度も動かさないまま無人の状態が続くバターン原発の中央制御室 |
NPT
核兵器の不拡散に関する条約。1970年に発効し、2002年末現在で188カ国が加盟している。日本は76年に批准した。米、英、仏、露、中の核兵器保有5カ国以外への核拡散を防止するのが目的で、主な非締結国はインド、パキスタン、イスラエルなど。締結国のうち非核兵器保有国は核兵器の製造、取得などが禁止され、IAEAの査察受け入れが義務付けられている。抜き打ちや未申告施設への査察を認める「追加議定書」の締結国は38カ国。 |
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