アジア・アフリカからの報告 原子力を問う
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農業や医療に特産品生かす

 アジアで唯一、原子力発電所が稼働していない東南アジア。だが、フィリピンやタイ、マレーシアなどではいち早く原子力委員会や原子力庁、原子力研究所などを設け、放射線を利用した原子力技術開発に力を入れている。農業分野では害虫の根絶や品種改良、医療分野ではがん治療や新材料開発など、さまざま分野に取り組んでいる。各国とも特産品を生かした試みが目立っており、日本も技術協力して成果を上げている。

 日本と共同開発も

 フィリピンのパナイ島の南に浮かぶ小さなギマラス島は、同国きってのマンゴー産地である。フィリピンでは年間約八十万トンの生産量のうち半分が輸出されているが、その多くがギマラス島からの出荷だ。
 だが、世界最大の果物消費国の米国は最近までフィリピン産の輸入を禁止していた。マンゴーに寄生している害虫が入り込み、農産物に被害が出るのを恐れていたからだ。
 代表的な害虫の一つがミバエである。フィリピン原子力研究所農業研究グループのソテロ・レシルバ上席研究員は「放射線の利用でミバエを根絶できれば、果物の輸出先が世界に広がる。そうなればフィリピンの農民の暮らしはもっと豊かになる」と説明した。
 ケソン市にあるフィリピン原子力研究所の一角にミバエを大量に繁殖させる施設がある。さなぎの段階で放射線を照射して不妊化。そうしたミバエを大量に増殖して放せば交尾してもふ化せず、次第に個体数が減ってやがて絶滅に至る。
 この不妊虫放飼法(SIT)事業は一九九二年から開始。週二百万匹のペースで不妊化したミバエを「生産」し、ギマラス島で放している。
 レシルバ上席研究員は「根絶には長い時間がかかるが、ミバエの被害がはっきりと減っている。おかげで米国はギマラス島産だけは輸入を認めてくれた」と喜ぶ。

 東南アジア諸国では、ミバエによる農産物の被害が多い。マンゴーの50%で被害が出ているというインドネシアでは、週三百―五百万匹を増殖。タイも週一千万匹の増殖施設を持ち、対策を進めている。
 医療分野は農業分野と並んで放射線の利用が多い。フィリピン原子力研究所では、やけどの治療に使う新しい被覆材が実用化間近だ。
 化学研究グループのチャリット・アラニラ研究員は「原料はフィリピン南部で大量に養殖されている海藻キリンサイ。価格が安く、治療費の負担が難しい貧しい人たちのためになる」と語る。
 製造法はこうだ―。キリンサイの主成分のカラギーナンは、食品や化粧品の増粘安定剤などとして一般にも使われている。このカラギーナンとソフトコンタクトレンズなどに使われる親水性ポリマーのPVP(ポリビニルピロリドン)の粉末に水を加え、放射線を照射して硬化させてハイドロゲル状にする。
 この被覆材は水分をよく吸収。ガーゼより治りが早く、交換も容易だ。既にマニラ市内の病院で五十例以上の治療で使われ、その効果が確認されているという。
 アラニラ研究員は「既に特許も取得し、生産プラントを立ち上げる計画も進んでいる。特産品と放射線を結び付けた試みが、みんなの利益をもたらす日も近い」と話す。

 東南アジアでは、フィリピンのように特産品に着目した技術開発が多い。マレーシアはヤシの一種、オイルパームから取れるパーム油の世界最大の産地だが、その廃棄物が年間三百万トンも発生している。焼却処分されているが、その排煙が公害問題になっている。この廃棄物を有効利用する技術がマレーシア原子力研究所と日本原子力研究所で共同開発された。
 その方法は、廃棄物に米ぬかなどを混ぜて放射線で殺菌し、そこにヒラタケなどの食用キノコ菌を植え付ける。キノコを収穫できるうえ、キノコ菌によって廃棄物の固い繊維質が分解されて家畜の飼料に使える。既に月産三十トンのパイロットプラントが稼働している。
 マレーシアではまた、日本の協力により、天然ゴムラテックスに放射線を照射し、発がん性物質やタンパクアレルギーを防止するなどの効果がある「放射線加硫」も実用化。同様の試みはタイ、インドネシアでも実施されているという。
 フィリピン科学技術省のエストレラ・アラバストロ長官は「東南アジアでは原子力発電こそ手掛けていないが、放射線の特性を生かした技術開発には熱心だ。今後は環境分野なども含めて、幅広い利用が期待される」と話している。








ミバエを週200万匹増殖させている施設。放射線を照射し、ギマラス島で放している(フィリピン・ケソン市のフィリピン原子力研究所)


海藻を使った、やけど治療用の新材料の開発に取り組む研究員(フィリピン原子力研究所)

不妊虫放飼法
1950年代に米国で開発。虫を人工的に大量飼育して放射線を照射し、交尾はできるが子孫を残すことができない不妊の虫を生産する。それを野外に放すと交尾頻度が低下し、卵はふ化しないのでやがて絶滅する。この方法で54年に世界で初めて南米ベネズエラ沖のキュラソー島で家畜に被害を与えていたラセンウジバエを根絶した。日本では沖縄、奄美諸島のウリミバエ対策として72年から93年まで実施され、根絶に成功したことで知られている。

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