イランが中近東で初めてとなる原子力発電所の建設を進め、2005年にも完成する。その一方で、ひそかにウラン濃縮を手掛けるなど核開発問題が浮上。国際原子力機関(IAEA)による査察が続いている。隣国のパキスタンから「核の闇市場」を通じて技術流出したとみられ、中東情勢に影を落としている。米アイゼンハワー大統領の「平和のための原子力」提唱から50年。原子力の平和利用と軍事利用の境界はますますあいまいになり、核拡散防止条約(NPT)体制は危機的な状況に陥っている。
軍事利用阻止へ攻防
イラン南部にあるペルシャ湾に面した港町ブシェール。ここで同国で初めてのブシェール原発1号機の建設が最終段階を迎えている。出力百万キロワットのロシア型加圧水型軽水炉(VVER)で、〇五年に臨界に達し、〇六年から本格的な商業用発電を始める計画だ。
原子炉圧力容器など主要部品はロシアから輸入し、ロシア原子力省の技術援助を受けている。原発で燃やす核燃料もまた、ロシアから提供を受ける予定である。
だが、その核燃料をブシェール原発で燃やした後の取り扱いをめぐっては、イランとロシアの話し合いがなかなか決着しない。ロシアのルミャンツェフ原子力相は「核不拡散のため使用済み燃料はロシアに返還してもらいたい」と二国間協定で正式に盛り込むことを求めているのに対し、イランは資金難などを理由に回答を避けているためである。
ロシアが使用済み燃料の回収にこだわるのは、イランの核開発問題が世界から非難を浴びているからだ。使用済み燃料を再処理すればプルトニウムが生産でき、核拡散につながる。イランの原発建設計画については、米国など西側諸国が「世界有数の産油国がなぜ原発に頼る必要があるのか」と指摘するようにもともと、核開発の疑念がつきまとっており、懸念を払しょくするためにもロシアは使用済み燃料の返還に強硬な立場をとらざるを得ない背景がある。
また、イランのハタミ大統領は昨年二月「原発は平和利用のためで、核兵器を保有する考えはない」とする一方で、「国内で燃料の製造から再処理までの核燃料サイクルをつくりたい」と述べるなどウラン濃縮や使用済み燃料の再処理計画を示し、強い意欲をあらわにしてきた。このため、使用済み燃料の返還が決まらなければ、ブシェール原発の建設計画が頓挫しかねない可能性も秘めているという。
ただ、ブシェール原発の建設計画はそもそも一九七〇年代に始まり、現在のイスラム政権になって浮上したわけではない。パーレビ時代の七四年に独クラフトヴェルク・ユニオン(KWU)社(現シーメンス社発電事業部)と契約して百三十万キロワット級二基を建設する計画が立てられていた。
だが、七九年のイラン革命でドイツ政府は同社に建設中止を命令。イラン・イラク戦争も重なって工事は完全にストップしていた。九五年になって新たにロシア原子力省と1号機の建設に協力する契約を交わし、ようやく建設にこぎつけた経緯がある。
イランとロシアは2―4号機の建設について正式契約こそ結んでいないが、既に合意に達したといわれる。資金獲得のため海外で原発ビジネスを積極展開したいロシアにとって、ブシェール原発1号機は市場拡大の呼び水にもなり、ぜひとも完成にこぎつけたい案件になっている。
イランの核開発問題については、今月八日からのIAEA理事会で「イラン・イスラム共和国におけるNPT保障措置協定の実施状態」と題するエルバラダイ事務局長報告が配られた。昨年十一月の前回報告後、理事会の非難決議採択を受けてイランは追加議定書に調印し、査察が始まった。今回の報告では、いまだ解明されていない数々の疑問点を挙げている。
原爆の核分裂を開始させる起爆材となるポロニウム210の生産やウラン濃縮で高い能力を持つ遠心分離機の設計図の隠ぺい、カライ電気会社で見つかった高濃縮ウランの生産場所―などである。こうした状況からエルバラダイ事務局長は今月十七日に「核兵器を持つ証拠は確認していないが、その可能性は排除できない」とイランに対する核開発の懸念を強く示唆している。
IAEAは二十七日から再びイランに査察官を派遣。イラン中部のナタンツにあるパイロット燃料濃縮工場などを調べ、イラン政府がIAEAと約束しているウラン濃縮や再処理を完全に停止したか検証する予定だ。エルバラダイ事務局長も四月初めにイランを訪れ、査察への全面的な協力を求める構えである。
原発と核拡散防止―。原子力の平和利用を進めながら軍事利用を阻止する試みは今、ぎりぎりの局面を迎えている。
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昨年3月、報道陣に公開された建設中のイラン・ブシェール原発。使用済み燃料がロシアに返還されるかが焦点だ(AP=共同)
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