東京電力のトラブル隠し問題で昨年、17基の原子炉すべてが停止するという異常事態が起きた。ひび割れの存在を隠し、検査記録も改ざんするなどの数々の不正行為は国民にかつてない不信感を与え、今も4基が停止中だ。国内52基のうち3分の1が停止した影響は大きく、日本の原子力発電所の2003年度の設備利用率は50%台まで落ち、世界最低レベルである。再発防止のため昨年10月から「維持基準」導入など新たな安全体制がスタートしたが、信頼を取り戻すには国と電力業界を挙げて不断の努力が求められる。(編集委員・宮田俊範、写真も)
国の対応に批判も
太平洋に面して六基の原子炉が並ぶ東電の福島第一原発(福島県大熊町、双葉町)。二〇〇二年八月に発覚したトラブル隠し問題の影響で昨年四月、福島第二原発(福島県)の四基と柏崎刈羽原発(新潟県)の七基と合わせ全十七基が停止した。その後の点検や補修などを経て現在までに全体で十三基、福島第一原発では五基が再稼働できたが、1号機は今も停止したままである。
福島第一原発の松村一弘取締役所長は「われわれは再稼働をお願いするというより、再発防止の取り組みを地元の方々に認めてもらえるよう、ひたすら努力するしかない」と身を引き締める。
再稼働が遅れる1号機。それは一連の不祥事の中でも悪質な違法行為があったからだ。
他の原子炉は自主点検で炉心を流れる冷却水の仕切り板の役目を果たすシュラウド(炉心隔壁)などで見つかったひび割れについて記録を残さなかったり、ひそかに新品と取り換える工事などをしていた。
国民の信頼を大きく損ねる行為だったが、原子力安全・保安院は「安全性に大きく影響を与える可能性はない」と判断。ひび割れなどについて国に報告する明確な基準がなかったこともあり、点検や補修が済み次第、地元の福島県や新潟県は再稼働を了承した。
一方、1号機は国による定期検査の重要項目で、放射性物質が外部に漏れ出さないために大切な原子炉格納容器の気密漏えい率検査のデータを故意に操作していた。具体的には一九九一年と九二年の定期検査で格納容器内の圧力降下が止まらなかった際、不正に空気を注入して国の検査官が立ち会う検査をパス。原子力安全・保安院は「悪質な違法行為」として、原子炉等規制法違反では最も重い一年間の運転停止処分にした。
東電は発電電力量のうち原子力が四割を占めている。それがすべて止まったことで昨年夏は「首都圏大停電」の恐れが出た。産業界を中心に節電を依頼し、火力発電所をフル稼働。冷夏だった幸運も重なって最悪の事態だけは回避できた。
「大変な迷惑をかけてしまい、二度と起こさないよう四つの約束を必ず実行していかなければならない」と松村取締役所長。四つの約束とは東電がトラブル隠し発覚直後に打ち出したもので、@情報公開と透明性の確保A業務の的確な遂行に向けた環境整備B原子力部門の社内監査の強化と企業風土の改革C企業倫理順守の徹底―である。
情報公開では、トラブルにも満たない小さな事象まですべてホームページに掲載。福島第一原発だけで昨年十一月以降、毎月平均五百三十件を公開した。「何でも公開して当たり前という意識改革が狙い」である。企業倫理相談窓口や原子力部門専門相談窓口、原子力品質監査部も設置し、原子力部門と他部門との人材交流を実施している。
トラブル隠しの動機や背景はいったい何だったのか―。東電が設けた調査委員会は「スケジュール通り検査を終わらせて電気を送り出すことが最大の関心事となり、安全性に問題がなければ報告しなくてもよいという誤った考えが生まれた」と分析。「社内のチェック体制が機能せず、閉鎖的な組織の風土が事態を助長、温存した」とも指摘する。
福島県の佐藤栄佐久知事は「東電はひたむきに再発防止に取り組んでおり、今後とも透明性の高い運転で信頼回復に向けた努力を積み重ねてもらいたい」と東電に対しては一定に評価している。
だが、安全監視、規制を受け持つ国については「問題発覚の契機となったGE社の内部告発の情報を二年前に入手しながら明らかにせず、原発の安全性を主張し続けた。これでは県民の安全・安心が本当に得られるのか極めて疑問」と怒りを隠さない。
国は昨年十月から、安全水準を満たせば多少の傷があっても原発の運転を認める「維持基準」を導入。同時に原子力安全委員会や原子力安全・保安院の下に検査や安全性解析など専門性の高い業務を担当する独立行政法人「原子力安全基盤機構」を設け、安全に目を光らせる体制を敷いた。
だが、まだ対策は不十分という声も強い。原子力委員会専門委員を務める九州大大学院比較社会文化研究院の吉岡斉教授(科学政策史)は「安全規制システムが機能障害を起こしている。その原因は国と電力会社が相互に自立していない関係にある。原子力推進を受け持つ資源エネルギー庁と規制の原子力安全・保安院が同じ経済産業省に同居し、未分離なのも問題だ」と指摘する。
八〇年代から九〇年代にかけ、日本の原発の設備利用率は米国やフランスなどを上回る70%や80%台を誇り、世界で最も安全と評価されていた。
だが、〇三年度は59・7%と七九年以来、二十四年ぶりに50%台に低下した。国際原子力機関(IAEA)の二十九カ国のデータで比較すると下から二番目に相当するレベルである。この意味を国、電力会社は重く受け止め、信頼回復にまい進しなければならない。
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東電の福島第一原発。トラブル隠し問題が発覚して2年近くたつが、1号機は再稼働できていない(福島県大熊町) |
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