中国新聞
2003.9.8

恵み再生
    人が耕す
 「里海 いま・みらい」  1.改善と停滞

「海が煮える」底の酸素枯渇。浄化願い試行続く

貧酸素水塊 対策

 


川上元組合長
「昔はこんなもんじゃなかった」と漏らしながら網を手繰り寄せる川上さん(8月29日、広島湾)
クラゲだらけ 底物さっぱり
8月に解散した丹那漁協 川上組合長

 「クラゲが何百匹もかかる。肝心の魚が入らん」と広島市南区丹那町、漁業川上清さん(73)。地先の金輪島近くで、ため息交じりに網からミズクラゲを振り落とした。

 長さ150メートルの雑魚網をせっせと手繰り寄せても、掛かったのはキスやギザミなど十数匹。カレイなど高級魚は近年、ほとんど掛からない。仲間の漁業者がアナゴかごを50個沈めて2匹しか捕れなかった日もある。

 「昔はこんなもんじゃない。魚の種類も豊富だった」。18歳で漁を始めて半世紀余り。市水質監視委員も務めてきた。広島湾奥の漁獲量の落ち込みは、夏から秋口に出る貧酸素水塊の影響と専門家から聞かされた。実際、ワタリガニやナマコなど底物の不漁が続く。

 「30年前に比べ、水はきれいになったが、底の酸素がなければ打つ手はない。漁で生活するのは難しい」。組合員の高齢化も重なり、組合長だった丹那漁協(20人)は8月末に解散した。

 今年は残暑が厳しいため、水温上昇で貧酸素状態になる度合いは高いとみる。「もうすぐこの周辺がカキいかだでいっぱいになる。海が煮えるとへい死する…」とまゆをひそめた。

 


貧酸素水塊の発生メカニズム 図 クリックすると拡大します
■ 貧酸素水塊 ■
排水でバランス崩れる

 貧酸素水塊は、海水に含まれる酸素が極端に少なくなる現象。海底にたまった有機汚泥(ヘドロ)をバクテリアが分解する際、多量の酸素を消費するために起こる。溶存酸素量が4ppm以下で魚介類に異常が見られ始め、2ppm以下で生存が難しいとされる。

 貧酸素状態は、生活・工業排水などの窒素、リンが増えて海のバランスが崩れたのが主な要因とされる。本来、窒素やリンは生物の栄養源だが、富栄養化状態になると植物性プランクトンが適量を超えて増殖。その大量の死がいが沈むと海底で有機汚泥になる。

 貧酸素水塊の出現は、海水の循環とも大きく関係する。

 気温の上がる時期、特に7〜9月は、底層より表層の水温が高くなる。温かい海水は比重が小さいため表層付近に、冷たい海水は逆に底層付近へ滞留。この結果、上下のかくはん、海水混合が進まなくなり、底層に近いほど貧酸素が深刻化する。

 さらに、バクテリアが酸素を取り込みながら有機汚泥を分解すると、窒素やリンが再発生。表層部で再び植物プランクトン増殖の原因になる。「海の生活習慣病」ともいえる悪循環である。

 気温が下がれば、表層と底層の水温が逆転。上下の循環が起こり、貧酸素状態も解消に向かう。

 

貧酸素水塊が発生する主な海域 地図 クリックすると拡大します
■ 対策 ■

海底を掘削/水流起こす
生物で分解/藻類の繁殖
干潟を保全/排水の軽減

 貧酸素水塊への対策は、さまざまな機関が研究を進めている。しかし、現時点では決め手がない。海底掘削や有機汚泥のしゅんせつなど効果が期待される手法もあるが、工費がかさみ財政的な負担が大きい。

 海底に砂をまく覆土は、局地的、応急措置としては有効だが、再びヘドロがたまれば効果を失う。人工的に水流を起こして水を循環させたり、酸素を送り込んだりする方法は、狭い湖沼などでは成果を上げている。

 イトゴカイや線虫などの底生生物、バクテリアでヘドロを分解させたり、底質改良剤(化学物質)を利用したりする研究も続く。

 三重県や県産業支援センターは本年度から、5年計画で英虞湾の貧酸素対策の実験をする。酸素を送り込んだり、光照射による藻類の繁殖などを研究。また、ヘドロを除去し、そのしゅんせつ土による干潟造成と、底生生物による干潟の土壌改良などを複合的に進める予定で、関係者から注目されている。

 藻場、干潟の保全、修復などで海の環境浄化機能を回復する広い視点も必要だ。広島県保健環境センター環境化学部の伊達悦二総括研究員は「生活排水などの窒素、リンの負荷を減らすために、住民の協力も欠かせない」と指摘する。