中国新聞
2003.10.6

事業に脚光
   効果は未知数
 「里海 いま・みらい」  5.環境修復



出島沖アマモ移植 五日市人工干潟 岩国沖埋め立て

尾道干潟 環境修復への動き


 


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広島湾に大きくせり出した出島沖の埋め立て計画地(写真奥)。右手前は似島の一部で、その北側周辺にアマモが移植された(9月26日)

アマモ場の面積、生育状況の推移 グラフサムネール「アマモ場の面積、生育状況の推移」
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  出島沖アマモ移植

予算減少 試行錯誤続く

 埋め立て工事が進む広島市南区出島沖。外貿ふ頭や国際見本市会場を核にした広島県のビッグプロジェクト「広島ポートルネッサンス21」の現場だ。計画面積は約135ヘクタール。埋め立ては1996年8月に着工した。

 埋め立てでは、工事が進めやすい遠浅な海域が適地とされる。が、良好な浅場は魚類の産卵場となり、稚魚が育つアマモが茂る。出島沖も例外ではなく、埋め立てで2・2ヘクタールのアマモ場が消滅することに。県は93〜97年度、約20億円を投じて近くの似島沖、元宇品沖の計2・9ヘクタールにアマモを移植した。

 着工前の96年3月、環境庁(当時)はアマモの移植と、定着状況の監視を求める意見を運輸、建設両省(同)に出した。環境修復の視点では画期的な試みだった。

 果たしてアマモは根付いたのか。毎年6月に現地調査を実施している県によると、今年の分布面積は1・7ヘクタール。埋め立て前の77%に相当し、県は「多少減っているが、現状では一定に維持されている」と説明する。

 しかし、それぞれの移植面積との比較では事情が異なる。似島沖は当初の2・1ヘクタールからほぼ半分の1・1ヘクタールに。元宇品沖では0・8ヘクタールから一時1・4ヘクタールまで増えたものの、0・6ヘクタールに減少した。

 面積だけでなく、繁茂の密度も重要な要素になる。当初、移植したのは1平方メートル当たり20株。県は、同40株以上の「密生」、同39〜10株の「疎生」、同10株未満の「点生」の3段階に分類して調べている。

 元宇品では、密生(55%)が半分強を占め、一定の成果が確認された。しかし、似島では、密生が増減を繰り返し、現在はわずか19%。逆に点生が60%と芳しくない。

 水温や水の濁り、波などの影響とみられるが、「自然が相手。長い目でみてほしい」と県ポートルネッサンス21建設事業所の橘直也所長(51)。消波実験を検討するなど試行錯誤が続く。県の事業は全国的に注目されたが、財政事情は年々厳しくなる。調査、維持管理の予算額は年々減少。本年度はほぼ半分の約1200万円に落ち込んだ。

 「現状では、アマモを移しただけというアリバイ的なものでしかない。環境修復と言うなら、その重みを感じてほしい」。埋め立て開始前、藻場の保護や事業中止を請願した「森と水と土を考える会」の原戸祥次郎会長(53)は注文する。

 


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野鳥の楽園を目指して造成された五日市人工干潟。砂の侵食が進み、広島県が補修工事を進める(9月26日)

  五日市人口干潟

やせ細り 9億円追投入

 県は、広島市佐伯区の五日市人工干潟(約24ヘクタール)でも苦戦する。

 人工干潟は、県内有数の水鳥飛来地として知られる八幡川河口にある。港湾整備で自然の干潟が消滅するため、87〜90年度、42億円をかけて埋め立て地のわきに造成した。

 しかし、完成後、干潟はやせ細り始め、地盤が約2メートル沈下した個所もある。軟弱な地盤の上に土砂を盛ったのが原因の一つとみられ、野鳥のえさ場は当初の8ヘクタールから2・4ヘクタールに減少。干潮時、護岸から水際までの距離は最大で180メートルあったが、半分の90メートルに後退した。水鳥の飛来数も減った。

 「地盤沈下は予想されていた。開発で失われたのだから、干潟を維持する必要がある」と県港湾企画整備室。約9億円を追加投入し、修復工事(01〜05年度)を続けている。

 今回の修復事業では、干潟の形状を工夫。台風などによる波浪の影響を抑える目的で、南側の先端部分に盛り土をし、表面を石材で覆う。また、水際線がまっすぐだと野鳥がえさを採る場所が限られるため、波状にして水際線を長くする工事を進めている。

 


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「潮流が変わり、残った藻場でも漁獲は半分以下」。海面にのぞいたアマモに目をやる山田さん。後方で基地の移設工事が進む(9月26日、岩国市の岩国基地沖)

 岩国沖埋め立て

藻場回復「手順に疑問」

 「魚の種類、量とも豊富で、わしら漁師は昔から『田んぼ』と呼んどった。それが…」。岩国市漁協南部地区の総代議長山田義一さん(66)は船上から、埋め立てで消えた藻場跡に目をやった。漁獲量は埋め立て前の半分以下に減った。

 米海兵隊岩国基地の滑走路移設に伴う埋め立て(213ヘクタール)が進む同市沖合の瀬戸内海。計画では、150ヘクタールの藻場、135ヘクタールの干潟のうち各3割前後が埋め立てられる。

 埋め立ては1996年11月、当時の運輸、建設両省が承認した。その際、環境庁は消滅する藻場、干潟の回復などを求める意見書を両省に提出。山口県も、埋め立てを出願した広島防衛施設局に対し、同様の要請をした。

 同局は承認後、研究者ら6人でつくる「藻場・干潟回復調査研究委員会」(委員長・岡田光正広島大大学院教授)を設置。潮流などの調査を始めた。が、翌97年6月、調査報告も待たずに工事が始まった。

 さらに、委員会は昨年9月、消滅する藻場、干潟計72ヘクタールのうち、回復面積は3分の1の計27ヘクタールにとどまるとの見通しを明らかにした。水深や海底地形の関係で藻場、干潟を再生できる範囲が限られている上、費用の面でも制約がある、との理由からだった。

 同施設局は「27ヘクタールは、委員会で地形や気象などあらゆる条件を検討して出された数字。今後も可能な限り、回復するように努力していく」と説明する。が、再生事業の開始時期は未定だという。

 「田んぼ」を奪われた漁業者の多くが反発。市漁協の沖井勝広組合長(63)は「移植場所を提案しても全く聞き入れられない。しかも、一部しか回復できないなんて、まやかしそのものだ」と憤る。

 埋め立てに反対する市民団体の環瀬戸内海会議も「最低限、委員会の結論が出るまで工事を始めないのが筋。これがまかり通るなら、開発の免罪符にすらなりえない」と一連の対応を疑問視する。

 同会議顧問の湯浅一郎さん(53)は「開発のための再生ではなく、まず保全を考えるべきだ」と訴え、裏付けになる瀬戸内法改正を求めている。

 
地図「尾道干潟」

 尾道干潟

生物定着 アサリが増加

 環境修復、再生事業の多くが難航する中、尾道市東部の尾道干潟は一定の成果を挙げる。造成後、多様な生物が確認され、アサリの漁獲量拡大にもつながった。

 航路浚渫(しゅんせつ)土砂の活用策として旧運輸省(現国土交通省)が計画。1984年から96年にかけ百島、海老、灘の3地区で計56ヘクタールを造成した。

 指標になる底生生物は、近くにある自然の干潟が165種に対し、百島で116種、海老で118種が確認された。うち貴重種は百島10種、海老16種。移植した藻場も当初の2・6ヘクタールから3倍の8・1ヘクタールに拡大した。

 3地区とも、もともと小規模な干潟があり、アサリの漁場だった。地元の浦島漁協によると、ピークは70年代で、漁獲量は年間約200トン。その後、採り過ぎや水質の悪化で減少し、ほとんど採れない時期もあった。

 造成を境に増加傾向となり、今年は完成後で最多の約50トンになる見通し。稚貝放流量は10トン。2分の1から3分の1が自然発生とみられる。

 中国地方整備局は「小さな干潟があった元来の環境に加え、潮流が緩やかだったのも好結果の要素」とみる。造成事業は2002年度土木学会環境賞を受賞した。ただ、漁獲量がなぜ回復傾向となったかなど、安定化の詳しい要因はつかめていない。同局は「短期間で本当の成果は分からない。長い目で見る必要がある」とモニタリングを継続していく方針だ。

 
瀬戸内海の主な環境修復事業 地図サムネール「瀬戸内海の主な環境修復事業」
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 環境修復への動き

モデル手法づくり検討/新ビジネス創出期待

 藻場、干潟など失われた良好な環境回復を目指す施策推進の原動力になったのは、瀬戸内法に基づく瀬戸内海環境保全基本計画の見直し(2000年12月)だった。港湾法や漁港漁場整備法など瀬戸内海にも関係する法律の基本計画、方針にも「自然環境の保全・再生」が盛り込まれた。今年1月、省庁を超え、総合的に展開する自然再生推進法も施行された。

 ■整備局と水産庁連携

 中国地方整備局は今年4月、「瀬戸内海環境修復計画調査委員会」を設置した。修復事業で初めて水産庁と連携。生物の多様性、漁業資源の確保など総合的なモデル事業を盛り込んだ計画の年度内策定を目指す。

 委員は行政、漁業者、土木や環境関係の研究者ら18人。瀬戸内海で実施された修復事業の成果や課題の点検作業も進める。

 これまでに確認した主な事業は96件。水質の変化や生物の生息状況などを継続的にモニタリングをしているのはその6分の1にとどまる。事前、事後評価の内容、効果の試算方法もまちまちだったため、モデル的な手法、基準づくりも検討している。

 委員長の岡田光正・広島大大学院工学研究科教授(55)は、最大の問題点として「修復事業の目的が不明確」と指摘。「どれだけの予算をかけ、どんな規模の、どんな事業をするのか。それが一般の合意が得られる範囲内なのか…。事業化までのプロセスも重視した手法を検討したい」と意気込む。

 一方で、海の環境修復や自然再生は、新たなビジネスチャンスでもある。

 ■見本市に60団体出展

 昨年11月に呉市で開かれた海洋環境産業見本市(呉地域海洋懇話会など主催)には、大学、企業など約60団体が出展し、2日間で約6000人が訪れた。公共事業のパイが縮む中、新たな成長分野として脚光を浴びる。中国経済産業局などの「循環型産業形成プロジェクト」でも本年度、瀬戸内海など閉鎖性水域の環境浄化、修復をテーマに取り組みを開始。海洋環境の産業創出を探るのが狙いである。

 同局が産業技術総合研究所中国センター(呉市)と9月、広島市で開いた初のフォーラムには、定員180人に対し研究者や企業担当者280人の申し込みがあった。年度内にもう2回開き、各企業が持つ最先端技術の発表や情報を交換。産学官連携による研究会の立ち上げを目指す。

 経済局循環型産業振興室の村上英夫課長(52)は「循環型社会へ時代が大きく動く中、環境は魅力的な分野。大学など研究機関との連携、企業の参入で、再生技術の向上にもつながる」と期待する。

 ■「開発の口実」避けて

 産業技術総合研究所中国センターの総括研究員上嶋英機さん(59)は「自然修復の意義を含めて全体像を描き、経過の監視や技術的な評価までの総合的なシステムづくりが欠かせない」と指摘。「開発などの言い訳として利用せず、住民も関与できる維持管理も考える必要がある」と提案する。