サインで ぐっと身近に

中国料理店「華楽飯店」店主
小路康陽さん(39)
=広島市南区

 

  「たる募金をやりとうて、やりとうて…。カープのために一役買いたかったんよ」。豪快に言い放ち、目を細める。視線の先にある店の出入り口に二斗だる、カウンターには直径十五センチの豆だる。知り合いの酒店から十二月中旬に譲り受け、輪に加わった。
 店内には写真やバットなどカープ選手にちなむ「お宝」が並ぶ。手に入れていないサインは、新入団を含めた全選手の中で、ロマノ投手ら三人だけという。年に数試合球場で観戦する「普通のファン」から変身したのは、つい二年前だ。
 きっかけは、店に飾る約三十人のサインが入った古びた大しゃもじ。長さ約四十センチ。弟の引っ越し先に誰かが残していたのを預かった。球団に協力してもらって名前を割り出した。白石勝巳、長谷川良平…。カープ草創期を支えた名選手と知った。半世紀近く前に書かれたであろうサインが、転がり込んだ偶然。球団と選手がぐっと身近に感じられた。
 市民球場で観戦するのは、店が休みの日曜など年約十試合。普段は調理場でラジオの実況に耳を傾ける。だが、球場へは足しげく通う。朝八時から玄関で待ったり、店を閉めた後にバイクで駆けつけたり。カープと自分をつなぐ、直筆サインをもらうためだ。
 家族は「毎日毎日行かんでも」とあきれ顔だ。「なんでここまでするんか、自分でも分からん。生まれ育った町の球団はやっぱり特別なんじゃろ」と受け流す。
 昭和の「たる募金」は本や新聞を通じてしか知らない。時代を超えて自分が仲間に入る喜び。輪の広がりが、広島とカープへの愛着をはぐくむと信じる。

【写真説明】広島市民球場に通い詰め、ほぼ全選手のサインボールを集めた小路さん。店にたるを置いて、カープへの思いを募らせる(華楽飯店)

しょうじ・やすはる
 父が開いた店を1997年に継いだ。母校・瀬戸内高(東区)野球部の県大会の応援にも毎年、駆けつける。母、妻、中学1年と小学5年の娘の5人家族。娘たちに頼み込んで、一緒に球場へ行ってもらうこともある。

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