英サッカー熱のように

ロンドン広島県人会会員
渋谷英秋さん(52)

 

 海を隔てた父と子をつなぐのは広島東洋カープである。呉市宮原に住む父宗秋さん(90)は、カープの全試合をビデオに収める。負け試合は消し、勝ち試合だけを繰り返し見ながら開幕を待つのが習い性。だから年一度の帰国前は、インターネットで戦いぶりを確認し、父との再会に備える。
 幼いころは父の影響で野球とカープ漬けだった。校庭で暗くなるまで野球に明け暮れ、父子でカープ戦に通った。弱いからこそ、好きだった。
 ロンドン広島県人会の「たる募金」に携わり、かすかな記憶がよみがえった。今の広島県営球場(広島市西区)前であった元祖「たる募金」。父親の肩車から、ためたお年玉を全部放り込んだ。「これで優勝せぇよ」。自分のお金で選手がプレーしてくれる。そう思うと、ますます燃えた。
 生まれ育った家は、戦艦大和を造ったドックを見下ろせた。ギリシャから来る採石船や、北米、欧州へ向かうタンカーが行き交う。海外が目の前に広がっていた。将来の夢は、野球選手か、船に乗って外国に行くこと。二十三歳の夏、日系旅行会社の駐在員としてロンドンに移り住んだ。
 ちょうどその年の秋、カープが悲願の初優勝を遂げた。家族からの知らせ。「うそじゃろ。バンザーイ!」。興奮し、球団に電報を打った。「HATSUYUSHOU OMEDETOU(ハツユウショウ オメデトウ)」。当時、日本から送ってもらった週刊ベースボールの特集号は今でも大事に取っている。
 日本人の海外旅行ブームで仕事ばかりの日々。「本場のサッカーぐらい楽しもう」。一九八六年の独立を機に、ロンドン北部を拠点とするトットナムの年間指定席を購入した。歴史、選手とファンのきずな。独特の熱気がスタジアムを覆う。昔のカープと同じだ。いつの間にか、生活はサッカー中心に変わった。  ロンドンからは、広島の人たちのカープやサンフレッチェ広島への思いが中途半端に映る。歯がゆくて仕方ない。
 大半の子どもは地域のサッカークラブに属し、地元チームのファンに育つ英国。顔にそろいのペイントをした三世代が、連れ立って観戦する姿も珍しくない。国と地域がスポーツの底辺を支え、スタジアムはいつも、おらが町のチームを応援する家族であふれる。
 英国で長年見慣れた光景を故郷で見たい―。「一度出た人間がもう一度戻りたいまちになってほしい」。はるか海の向こうから願っている。

【写真説明】広島で育ったらカープとサンフレのファンになるのが当たり前―。そんな故郷になってほしいと願う渋谷さん(ロンドン市内のパブ)

しぶや・ひであき
 邦人対象の旅行会社「トラベル・トピア」を知人と共同経営。日本サッカー協会国際委員、サンフレの小野剛監督も在籍したことのある日本人駐在員チーム「ロンドン・ジャパニーズ・フットボールクラブ」監督。監修に「イングランドにサッカー留学するための本」(中経出版)。

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