■明快な基準なし
平和記念公園(広島市中区)南の土谷総合病院には、玄関側になぜか病院の看板が掛かっていない。市の意向を受け、公園正面に当たる玄関側に掲げる予定だった看板を、東向きに変更した結果である。
望月高明院長(59)は「景観への配慮だが、先代院長から説明を受けるまでは『変な病院だな』と思っていた」と話す。
世界遺産・原爆ドームがある平和記念公園を囲む道路から約五十メートルの区域は、景観を守る「バッファゾーン(緩衝地帯)」に指定されている。市は遺産への登録を翌年に控えた一九九五年、公園を含めた周辺建築物の美観形成要綱を作った。
ドームや公園周辺では、外壁や壁に取り付けたビル名などの色を景観と調和させたり、広告看板を公園から見えない角度に向けたりしてきた。
市は八一年の都市美計画から、景観づくりに力を注いできた。ドームの遺産化に後押しされ、景観への配慮はバッファゾーンの枠を超えて、平和大通りなど周辺にも広がった。
本音は「痛い」
公園から約一キロ東に三月にオープンしたビジネスホテル「東横イン広島平和大通」は看板を屋上に掲げるのをやめた。公園から約六百メートル南に完成した「NTTドコモ中国大手町ビル」は、公園側にデザインしていたビル名をすっぱり落とした。
市都市デザイン課長の釜谷幸志さん(50)は「強制力がないので、新築、改築のころ合いを見計らって、ひたすらお願いしている」と話す。
東横イン設計部副部長の関千奈美さん(37)は「本音で言えば痛い。でも『世界遺産に協力してください』と来られれば、嫌だとは言いにくい」と明かす。それでも市は、協力を求めるだけでは限界があるとし、条例化も検討している。
原爆ドーム周辺は駐車場を表す「P」の看板があふれる。間近にある広島商工会議所ビルは真っ黒の外壁が目に付く。出来上がってしまった市街地をいじるのは難しい。世界遺産への登録を機に、市は文化庁と協議し、既存建物についても色と看板の向きなどを施主に注文をつけている程度だ。
将来像議論を
ただ、バッファゾーンの「ふさわしい雰囲気」に明快な基準はない。「あるべき姿」は、個々の自治体の考えに任されているのが実情だ。市は要綱を作った際、住民説明会を開いて内容を説明した。しかしその将来像を具体的にどうするか、市民を巻き込んだ議論はされていない。
「バッファゾーンに対する意識は、市民の間に十分に浸透しきっていない」とみるのは都市計画に詳しい広島国際大教授の石丸紀興さん(63)。「ドームの周辺をどんな場にしたいか。景観だけでなく、土地や建物利用まで踏み込んだ展開を、官民ぐるみで考えていくべきだ。例えば外国人が泊まったり、住んだりできるエリアにするとかの案があってもよい」と考えている。
2004.5.8
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