「三千本桜」。観光地にありがちな、はったりかと思っていたら、実は三倍以上もあった。三十三歳、四十二歳の厄払い、古希の祝い…。島民が節目ごとに植樹して育ててきた桜並木。「ざっと一万本かな。まだまだ増やすよ」。案内してくれた地元の池田繁雄さん(74)に、無作法をたしなめられた。
酒宴たけなわ
岩城島(愛媛県岩城村)。しまなみ海道が走る生口島(広島県)のすぐ東隣に浮かぶ。橋は架かっていない。♪さくら さくら 今、咲き誇る〜。船内に流れる森山直太朗の「さくら」が終わるか終わらないうちにフェリーは接岸した。
島の中央にそびえる積善山(三七〇メートル)。岩城桜まつりの四日、頂上から尾根に続く桜の帯は満開だった。あちこちで酒宴がたけなわ。路傍には石碑、プレートが並び、「岩城中学校○○期生」など植樹団体名が刻まれていた。
植樹が始まったのは一九五五年ごろから。ふもとに住んでいた故前田重作さんが小さな桜公園をつくったのがきっかけとされる。当時、岩城中の建設資金に窮した村がやむなく黒松を切り、殺風景になった山を修景するために続けたとの説も。以後、数十本単位で苗を植え、中には百本以上のグループもある。
心つなぐ並木
村の老人クラブ連合会長の池田さんも二年前、古希を祝って同級生たちと苗木を植樹。石碑も建て、「七十路の輩(ともがら)つどい 故里に桜手(た)植(う)える百五十本」と彫った。
「桜を植えるのは、つながりを大切にする島の気質の証し」。苗木が立派に枝を張るのは二、三十年後だが、「見届けるまで、あっちへ逝けない」。きょうも桜の手入れに余念がない。
潮風にせきたてられるように瀬戸内海を北上した桜前線。島々は花に酔いしれた。周防大島の「五条千本桜」(山口県東和町)は繚乱(りょうらん)、津和地島(愛媛県中島町)の桜は素朴なたたずまいで迎えてくれた。