ザクッ、ザクッ。クッションのような細かな砂の感触が心地よい。ぽっかり開いた足跡には海水がすぐに染み出し、ほんの一時間前まで、ここが海だった、と主張する。大型連休中の今月初め、干潮時にだけ尾道市山波町沖にできる砂州「山波の州」に上がった。
干潮は午後四時前後。白い砂原が姿を現し始めた午後二時前、近くの東尾道卸センターの桟橋に、人が集まってきた。貝掘り道具を手にした家族連れら約二百人。地元の山波漁協が仕立てた渡船で州に渡った。
沼田川から砂
アサリの「宝庫」といわれてきた山波の州の成り立ちは、尾道水道の西側にそそぐ沼田川とかかわりが深い。沼田川を下ってきた砂が、満ち潮に乗って運ばれ、流れの落ち着く山波沖に堆積(たいせき)した、というのだ。
複雑な潮流が造ったデコボコが、アサリの幼生、稚貝にとって格好のすみかになる。砂原は最大で十五ヘクタールと、広島市民球場の約三倍。六百人が繰り出しても、思い思いの場所を選べる広さだ。
船を下り、小型のジョレンを使って二十センチほど掘り返した。砂泥の中から直径二センチ余りのアサリが次々に出てくる。潮が満ち始めるまでの約二時間で、バケツいっぱいは掘れる。三原市から訪れた主婦仲戸佳子さん(38)は「潮干狩りを手軽に楽しめる場所が近場で少なくなった。思う存分に採って帰りたい」。三人の子どもと黙々と掘り続けた。
料金 放流費に
地元の山波漁協が周辺の関係六漁協と、アサリ採取の全面有料化に踏み切って、二年目のシーズンを迎えた。採取料は一日五百円で、渡船代を含め千円を徴収する。有料化に伴い、この大型連休には、ビニールシートで覆った仮設トイレを現地に作った。無料駐車場を確保するために、渡船場周辺の事業所へ頼んで回った。
「山波の州は、地域にとっても大切な宝。漁業者の危機感を一人でも多くに伝えなければならない」と浜原宏之組合長(65)。有料化による収入を稚貝の放流費などに充て、資源回復を進めていることもPRする。
尾道地区のアサリ漁獲量は一九八八年の千四百二十四トンをピークに二〇〇一年には四十六トンまで急減した。埋め立てなどで潮流が変わり、工場、生活排水による水質悪化も進んだ。乱獲も指摘されているが、はっきりした原因は分かっていない。
それが二、三年前から、山波の州にアサリが戻り始めている。付近の海域では、ほとんど姿を消していたタイラギに加え、イイダコやワカメもよくとれるようになった。この理由も実は、よく分からない。
「速い潮の流れが、州と海の老化を食い止めている気がする」。浜原組合長は目を細め、自然の恵みを与えてくれる尾道水道の方を見やった。
2004.5.9
写真・田中慎二、文・古川竜彦