瀬戸内海国立公園指定70周年
「ふるさとの海」  2.闇の中の恵み
平郡(へいぐん)島(柳井市)

     星の光に波の音
       姿現す獲物たち
         干潮の「夜磯」宝追う
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Photo
大潮の干潮時だけに現れる岩場で、懐中電灯と特注の漁具を頼りにサザエやアワビを探る神代さん。闇の中、沖合(右上)に灯標の灯が瞬く。左上の光跡は仲間の人たちの懐中電灯
(F8で3分間露出。ISO400)
地図「撮影場所」

 「こうやって岩の下を問うてみるんです」

 神代(こうじろ)ツル代さん(65)は特注の漁具で岩の下に探りを入れる。ステンレス製の棒だが、一方がカギ状に折れ曲がり、もう一方が平べったい。アワビをかき出したり、岩からそぎ落としたり、両方できる優れものらしい。

 「アワビはさっとやらんと、岩壁に吸い付く。毎年、二、三十丁ほど皆につくってあげとる」と大野平馬さん(74)。キジの狩猟期にはハンターの常宿になる民宿を営む傍ら、漁具をつくる。

  島人の楽しみ

 「夜磯(よいそ)」という漁法を見ようと、昨年十二月の大潮の日、周防大島から取材艇で平郡島をめざした。安下庄(あげのしょう)港(山口県橘町)から二十分で平郡東港に着いた。

 新月のその夜は午前二時が干潮。一時すぎ、投宿した大野さんの民宿で起きだす。ゴム長靴をはいて耳まで防寒装備し、頭にはヘッドランプを巻く。ミカン山を運搬用のモノレール沿いに歩いて下ると、網代が浜と呼ばれる磯に出た。

 磯は星の光と波の音だけで、対岸にちらほら四国側の灯。「ちょっと浮いたような岩におる」。神代さんは懐中電灯を当て、辛抱強く獲物を探し出す。アワビは岩壁と保護色をなし、素人には見分けがつかない。二時間も岩場を歩くと、体は汗ばむ。かごにはアワビが八つ、サザエが六つ、ナマコが二つ。

 昼の磯でもニナは拾えるが、夜は獲物が違う。大潮の干潮ともなれば、夜行性のサザエやタコなどが干上がった岩場に姿を現す。夜磯に出て三十数年の神代さんは専業の漁師ではない。「面白いから続けてるんです。おかずにしたり、冷凍して子どもらが島に帰ったら食べさせたり…」

 かつて潮が引いた海辺は瀬戸内の島の暮らしの大切な空間だった。魚や貝を拾い、風呂木の流木を集め、火をたいてぬれた藻葉の上で体を休めることもあった。

  タコも交じる

 沖家室島(山口県東和町)に仮住まいする漁村民俗学者の森本孝さん(58)は「夜磯という言葉は初耳だが、備讃瀬戸では火をたいてタコを捕る『イサリ』があり、沖家室の漁師が一本釣りの餌に買っていた。私が歩いた飛島(山形県)では月夜にサザエを拾う『サザエの月見』という言葉があった」と思い出す。

 次の夜、神代さんは五十谷三島という別の磯に出て、タコも交じる大漁に恵まれた。「これじゃけえ、やめられん」。島には自然のままの磯や浜がまだある。島の人のささやかな楽しみは、こうして続いている。

2004.1.11

写真・田中慎二、文・佐田尾信作


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