瀬戸内海国立公園指定70周年
「ふるさとの海」  21.鳥人の系譜  王子が岳(玉野市)

     トビを手本にふわり
       気流に乗って
         眼下の多島美満喫
□
Photo
王子が岳から望む備讃瀬戸。多島海の景観が評価され、国立公園の指定につながった。瀬戸大橋(写真奥)が本州(右側)と四国を結ぶ
地図「王子が岳」

 本州と四国を結ぶ瀬戸大橋が一望できる玉野市の王子が岳(二三四メートル)。海からの風をはらんだパラグライダーが、頂上付近に設けられたテイクオフ(離陸地)から次々と舞い上がる。気流に乗り高度を増す赤、青、黄色の機体。鳥人(ちょうじん)のDNAは脈々と受け継がれていた。

 江戸時代の表具師浮田幸吉(一七五七〜一八四七年)。「人類の夢だった飛翔(ひしょう)を世界で初めて成し遂げた鳥人。その決死の挑戦には頭が下がる」。元玉野高教諭で、鳥人幸吉研究会会長の古泉浩明さん(70)=玉野市=が称賛する。

  紙を張った翼

 古泉さんによると、幸吉は玉野市出身。空を舞うハトやトビの姿に習い、竹や木の骨組みに紙を張った翼を製作。神社などで飛行実験を繰り返した。その過程で、鳥を解剖して骨格を調べたとの伝承もあるという。

 決行したのは、天明五(一七八五)年夏の夕刻。仕事場があった岡山市を流れる旭川の橋からだった。飛行距離など詳細は不明だが、河原で涼んでいた人々は驚がく。人心を乱した罪で「所払い」(追放処分)になった。アメリカのライト兄弟が有人動力飛行に初めて成功したのが一九〇三年。その百年以上も前のことだった。

 「トビが先生なのは、われわれも同じ」。パラグライダーでの空中散歩を終え、テイクオフに戻ってきた岡山県PGフライト協会会長の会社員三宅利夫さん(55)=玉野市=が上空を指さした。

  高度1000メートル超す

 夫婦でフライトを楽しむメンバーの主婦山本純子さん(38)=岡山市=が「上昇気流を読む名人だから。あっちがプロ」と続けた。確かにパラグライダーはトビがいる方へ向かい、旋回しながら高度を上げていく。余裕しゃくしゃくのトビ先生は、気前よく現代の鳥人たちに気流を譲る。気象条件がよければ高度千メートル以上に達するという。

 三宅さんは、地元では草分け的な存在だ。大空にあこがれ、中学生時代はラジコン飛行機に没頭。二十年ほど前、雑誌でパラグライダーを知り、パイロットに転身した。

 内陸の山間部にもフライトエリアはあるが、飛ぶのはもっぱら瀬戸内海。「景色が単調な山間部と違い、多くの島々、船の航跡、四国連山、長大橋と変化に富み、飽きがこない」

 「飛ぶよりも浮く感じ。タンデム(二人乗り)もできるよ」。三宅さんから水を向けられた記者は、実は幸吉が飛んだとされる岡山市出身。だが残念ながら、勇猛果敢をつかさどるDNAは授かっていなかった。

2004.5.30

写真・田中慎二、文・三藤和之


TOPNEXTBACK