「イワタイゲキ」(岩大戟)。勇ましい名の通り、岩塊の割れ目に根を張り、その姿は誇らしげだった。世界遺産の厳島(広島県宮島町)。北東部の磯を訪ねた。自生地は露出した海辺の花こう岩塊。少しずつ距離を置きながら二十株近くあった。
イワタイゲキ(トウダイグサ科)は暖地性の多年草で、背丈は四十〜六十センチ。中国の岩場に生える大戟に似ていることから名付けられたとの説もある。
4―5月開化
淡黄色の花に見えるのは直径五ミリ前後の包葉(ほうよう)だ。本当の花は、その中にあり、開花時期は四〜五月。国内での分布は関東以南とされるが、瀬戸内海での自生地は数えるほどという。広島県の準絶滅危ぐ種に選定されている。
宮島港から西約六キロ、大野瀬戸に面した広島大理学部付属宮島自然植物実験所。同大大学院助教授の豊原源太郎さん(62)に連れられ、実験所前の松林が残る浜辺を進む。「ほら」。指さす先にイワタイゲキがあった。ここでは砂浜に自生する。
「豊かな自然が残る厳島ですら、このありさま」と豊原さん。数株ずつ点在し、群生とは言いがたい。自生地自体も危うくなっている。汀線(ていせん)が後退。浜が林に向かっている。ごみが松の根元近くまで打ち上げられていた。
豊原さんにとって、厳島は研究活動の原点。学生時代から通い詰めた。海辺にテントを張り、自炊しながら植物観察を続けた。当時、実験所前の海に砂嘴(さし)が突き出ていた。沿岸流に運ばれた砂などが嘴(くちばし)のように細長く堆積(たいせき)した地形で、ここ十年ほどで見る影もなくなったという。
「沖合に沈めた漁礁の影響で潮流が変わったのではないか」。それまで厳島の多様な植生を喜々と語っていた表情が一気に曇った。
岩場も消えて
「二十世紀の功罪を伝える一つの指標かもしれない」。写真家の脇山功さん(51)=広島市中区=が、イワタイゲキの写真を差し出しながらつぶやく。国立公園でありながら、埋め立てに代表される大規模開発で失われる一方だった自然景観。そんな実態にレンズを向けてきた。自転車や徒歩で海岸線をたどる踏査の経験もある。
瀬戸内海では、自然海浜だけでなく、イワタイゲキが根付くような海辺の岩場も次々と姿を消していった。島の外周道路、宅地、駐車場…。「工場用地の造成などと違い、大半は小規模な開発。問題視されることすらなかった」と嘆く。
イワタイゲキは、国立公園の見張り番に思えた。
2004.6.20
写真・荒木肇、文・三藤和之