まだ涼しい五月下旬、取材艇で海上から見上げた。梅雨明け直後の七月中旬、思い切って断崖(だんがい)に上陸した。間近で見てよかった。アコウは火山弾が付着した集塊岩のすき間に根を食い込ませ、生い茂る。ここは山口県東和町沖家室島から約十キロの無人島、小水無瀬(こみなせ)島。もう南東に愛媛県の本土がはっきり見える。
「見てください。枝にもぐれついて(絡みついて)ますよ」
強風を避ける
同行してくれた植物学者の南敦さん(71)=光市中央六丁目=が灯台の下で見つけたのは、アコウの幹に付いた「花のう」。丸く、こぶのように多数付く。花のうがある枝、ない枝があるのが不思議だという。枝の傷からにじむ白い樹液に触ると、ゴムのように粘る。
クワ科イチジク属のアコウは亜熱帯性常緑樹。この島と北側の大水無瀬島の群生は一九五五(昭和三十)年に発見され、二年後、自生の北限として県天然記念物に指定された。沖縄の巨木、ガジュマルの仲間。枯れないよう岩場のすき間に根をはわせ、強い風を避けて高木にならない。花のうの中に雄花と雌花がびっしり詰まっている。
「袋の中で花が咲く。苗代の苗のようなものです。発芽する直前の花のうをメジロやヒヨドリなどの小鳥が食べると、ふんから発芽する」
13年かけ調査
南さんは「東和町誌」資料編二・「東和町の植物」の執筆者。八〇年から町内の社叢(しゃそう)、山、島、湖沼などを何回も歩き、脱稿まで十三年を費やした。温暖で地質や地形が複雑、しかも無人島が多い特異な土地柄。山口県の植物の全体像が分かるはず、と自負する。
今、アコウは柳井市の掛津島と上関町の祝島でも自生することが分かっている。掛津島のアコウは南さんの発見。祝島のアコウは今年、町天然記念物に指定された。いずれも北限線上にある。
「アコウは岩場で生き抜く。岩場以外ではほかの植物に負けますね」
小水無瀬島から引き揚げ、大水無瀬島を一周しながら南さんが言う。アコウの生命力の強さを思うと、意外な気がする。かつて人の住む島だった大水無瀬島は、断崖ばかりの小水無瀬島と違ってアコウが目立たない。隣の島なのに、と思うが、「人生いろいろ」、いや「無人島もいろいろ」なのである。
2004.7.18
写真・田中慎二、文・佐田尾信作