「『生き神さま』がいる―。子ども心にそう信じていましたよ」
周南市大津島の回天記念館。案内役の安達辰幸さん(71)が、六十年も昔の記憶をたどる。この島で生まれ育ち、一九四四(昭和十九)年十一月八日朝、人間魚雷「回天」の菊水隊が「イ(伊)36号」など三隻の潜水艦で出撃するのを見送った。華々しい出航という記憶はない。「生き神さま」と呼ばれた搭乗員たちに手を振ると、軍刀を振って応えてくれた。
「悲壮感はない。それが当たり前で、うらやましくもありました」
一変する風景
搭乗員たちは今の記念館の近く、士官宿舎に住んでいた。安達さんらも野菜を持って訪ねたこともある。回天のことは知っていたが、秘密兵器ゆえ口にできない。一方、兵士たちはひもじかったのか、住民たちに食べ物をせがんだ。ふかしたサツマイモを夜、石垣の間に差し入れしたりしたという。
今は記念館側から眼下に望めるのは、貨物船行き交う穏やかな徳山湾。かつての名残の塀を伝い、かつての調整工場から回天をレール輸送したトンネルを歩いた。
安達さんの実測では長さ二百四十七メートル。外に抜けると、徳山湾から風景は一変、岩礁の海岸から周防灘に突き出た桟橋の先にコンクリートの構造物が見える。「回天発射訓練基地跡」だ。
「伊号潜水艦は浮上したまま進んでいた。新緑まばゆい周防灘の島々を置いてきぼりにして…」
横山秀夫「出口のない海」(講談社)という小説の一節である。ベストセラー「半落ち」の作家の新作は、主人公並木少尉が周防灘の三つの基地の一つ、光基地から出撃する筋書きだが、イメージは大津島に重なる。
この一節はこう結ばれる―。「美しい海。母なる海。だがそれは、二度と陸地を踏むことを許さない、出口のない海でもあった」。
別れ告げる音
記者たちが記念館を訪れた日、広島県立呉第一高女の女学生たちから搭乗員の一人に贈られた「血染めの鉢巻き」が公開された。来館者の応対に忙殺されていた安達さんが屋外に出て、回天の実物大の模型を眺めながら一服した。
「潜望鏡はあるけど、潜ればもう何も見えなかったでしょうね」
回天と潜水艦と結ぶ電話線が「ガリッ」と切れる音で、搭乗員たちは現世に別れを告げた。海は人が人に強いる死を見つめていた。
2004.9.12
写真・荒木肇、文・佐田尾信作