現代アートの波動が、人口減で沈みかけた直島(香川県直島町)を勢いづけている。世界的にも注目され、ある「特殊任務」が進んでいる。
一帯に作品群
直島南部の浜辺。ジャグジーバスがあり、周囲に三十六個の奇岩が並ぶ。観光用の露天風呂ではない。中国のアーティスト蔡國強さんの大作「文化大混浴―直島のためのプロジェクト」だ。一帯に屋外展示されている作品群の一つで、体感するための入浴なら認められている。
芸術、文化活動は、通信教育大手のベネッセコーポレーション(岡山市)が「アートサイト直島」(旧・直島文化村)と銘打って展開する。まず美術館とホテルの複合施設が一九九二年に完成。国内外のアーティストを招いての制作、古い民家などを活用して作品を仕上げる「家プロジェクト」と幅は広がった。
「瀬戸内海の風景の中、ひとつの場所に、時間をかけてアートをつくり上げていく活動」。同社企画担当の江原久美子さん(36)がコンセプトを説明する。別の財団が運営する「地中美術館」も今年七月に開館した。
「現代アートが観光の基盤をつくり、発展させた」。町観光協会事務局長の奥田俊彦さん(68)が声を弾ませる。町の人口は三千六百人弱。基幹産業である銅や金の精錬所の合理化などで半減したが、観光客は年を追うごとに増え、昨年は約七万四千人に達した。
「本物志向で、妥協がない」「空間演出の妙がある」。来訪者の評価は高い。東京から来てジャグジーも体感した藤芳あいさん(28)は「夢の中を散歩しているような気分。まさにおとぎの島」とぞっこんだった。
主要施設は、建築家の安藤忠雄さんが「自然、建築、アートの共生」をテーマに設計した。コンクリート打ちっぱなしの外観に「当初、造りかけの倉庫かと思った。みんな疑心暗鬼だった」と奥田さん。そんな住民も施設の運営を手伝ったり、来訪者との交流を楽しんだりするようになった。ふるさとを見直すきっかけにもなったという。
「アートの島」にひかれ、移り住む人もいる。「島という独特の空間があり、生活の中に美がある」。埼玉県出身の大塚ルリ子さん(31)は、空き家を借り、今年三月にカフェを開店した。
直談判を計画
特殊任務とは、映画「007」のロケ誘致。シリーズの小説最新作「赤い刺青(いれずみ)の男」で、直島がサミットの舞台として登場した。映画ファンや香川県が「007を香川に呼ぶ秘密情報部」を旗揚げし、六月から署名活動も始めた。
「イギリスに乗り込み、制作会社などと直談判する予定。ぜひ実現させたい」と町文化協会会長の松田武重さん(75)。島はますます勢いづく。
2004.9.26
写真・田中慎二、文・三藤和之