「鉱脈」を目指し、ひたすら、ひたすら海中に触手を伸ばす。底引き網漁船は、カキと並び広島を代表する冬の味覚ナマコを求め、広島湾一帯を縫うように走った。
三高漁協(広島県沖美町)に所属する市瀬光広さん(53)の浜木綿(はまゆう)丸(四・九トン)。漁港を出て約一時間、宮島(同宮島町)沖の漁場に到着した。網を入れ、カキいかだの列をなぞるように船を進める。
不機嫌そうな雲の切れ目から朝日が差す。と、ウインチがうなりを上げた。ワイヤの先にある網を手繰り寄せる。先端を縛ったロープを解き、船尾に獲物を降ろした。
「こりゃだめだ」。カキ殻に針金、ビニール袋…。値段の安いクロナマコは五、六個入るが、目当てのアオナマコは二、三個。市瀬さんの表情は今朝の雲行きと同じ。それでもポイントを変えながら何度も網を入れる。
30歳で脱サラ
市瀬さんは「脱サラ漁師」。郷里の長崎県佐世保市を離れ、兄がいた広島市の海運会社に就職。内海航路のフェリーに乗っていた。二十三歳で結婚。七年後の一九八〇年に転身した。妻の父親が漁業者だったこともあるが、「自分の腕一本で生計を立ててみたかった」。九州よりも魚種が豊富で、食味も奥深い瀬戸内海にかけた。
機嫌が直ったのは潮流が変わった昼すぎから。一度に十数個のアオナマコが入り始め、いつもの温厚な表情が戻った。ベテランでも近年はこんな日が続く。
中国四国農政局によると、ナマコの漁獲量(二〇〇二年)は瀬戸内海全体で二千四百三十九トン。六〇年代後半から減少傾向にあり、最盛期の三分の一程度に落ち込んだ。広島県内でもかつて二千トン以上の水揚げがあったが、近年は十分の一ほどに減った。他海域よりも事態は深刻だ。
県水産振興室は、海底のヘドロに起因する貧酸素水塊の影響とみる。夏場、底層付近で溶存酸素が欠乏する現象で、魚介類の生存を脅かす。赤潮の一因にもなっている。
顔見える漁業
漁獲量は落ち込むが、「三高」のアオナマコは地域ブランドとして定着。七七年からナマコの袋に出荷者の名前を入れるなど、漁協が早くから「顔の見える漁業」に取り組んだ成果でもある。消費者が買いやすいよう三百グラム入りの小パックを導入したり、レジ用のバーコードを入れたりする先駆的な取り組みも怠らなかった。
「海の恵みを責任を持って、より多くの人に届けたい」と漁協職員の水口直樹さん(42)。三高ナマコには、瀬戸内海を生業(なりわい)の場にする海の男たちの心意気が込められている。
2004.1.25
写真・田中慎二、文・三藤和之