瀬戸内海に突き出した小さな半島は今、「純愛の聖地」と呼ばれる。
香川県北東部の庵治(あじ)町。映画「世界の中心で、愛をさけぶ」(行定勲監督)のロケ地になった。原作の同名小説に続き、映画も大ヒット。町の知名度も一気に高まり、五月の封切り直後からカップルや家族連れが押し寄せている。
庵治漁港の防波堤。高校生の朔太郎と亜紀が夕日を眺めながら語り合った。二人が乗ったブランコは漁港近くの小高い丘にある。町内でのロケ現場は十カ所以上。「巡礼者」たちは防波堤に腰掛け、ブランコに揺られて純愛を追体験する。
町人口の4倍
「映画の感動にもっと浸りたい」。広島市安佐南区の会社員石井真一さん(31)、江美さん(29)夫妻は子どもと訪問。ブランコに乗り、漁港や街並み、背後にそびえる五剣山の景観も堪能した。
「瀬戸内の穏やかな風情が残り、時の流れもゆったり。ロケ地になった理由が分かった」。江美さんがつぶやいた。
住民のもてなしも温かい。「どこ行っきょん」。漁港近くで材木店を営む寺竹一雄さん(61)がカップルを店に誘い、アルバムを渡した。ロケ中のスナップ写真だ。
ロケ隊は、店の向かいに写真館のセットを建設。象徴的な場面で何度も登場する。終了後に撤去されたが、知らずに探し、残念がる人も多いため、写真を見せるようになった。「町が注目されてうれしいやら、うっとうしいやら」。苦笑いしながらも、ロケ中のエピソードなども披露する。
ただ、住民も最初は戸惑った。石材と漁業の町で、観光施設は少ない。「まず人の波に面食らった」。市民グループ「庵治町まちおこし会」代表世話人の一人、打越謙司さん(55)が振り返る。
同会の結成も封切り後。「純愛ブームで地域おこしを」と急きょ、町役場でロケ写真展を開いた。七月下旬から二カ月間の会期中に約二万四千人が来場。町の人口の四倍近くに達した。案内係の住民が歩いてロケ地を回る人に自転車を貸したり、文通が始まったり…。交流拠点にもなった。
写真館復元へ
「一過性で終わらせては惜しい」と会は写真館の復元を町などに要望。関連予算案(約五千万円)が九月の町議会で可決された。セットがあった場所は手狭なため、近くの倉庫を改修し、来春のオープンを目指す。
「いつまでも変わらないのが町の魅力でもある。ここに来たら落ち着くと喜んでもらえる地域にしたい」。町建設経済課の鎌田豊さん(36)は次の秘策も練る。
映画を通じて住民や行政は、ふるさとへの純愛に目覚め、新たなまちづくりへの情熱に昇華させている。
2004.10.24
写真・荒木肇、文・三藤和之