豊饒(ほうじょう)の海は、冬の収穫期を迎えた。広島湾に列をなして浮かぶいかだは畑の畝(うね)を思わせ、その下には広島名物のカキが実る。
広島県のカキ出荷量は年間約二万トンで、日本一。「広島湾ほど養殖に適した海はない」。養殖技術や歴史を研究している兼保忠之さん(68)=元広島市水産振興協会常務理事=が太鼓判を押す。
16世紀から養殖
広島でのカキ養殖は十六世紀前半からとみられる。岩石を海に投入し、付着させたのが始まりとされる。その後、竹に付着させたり、干潟に地まきしたりするなど手法は変遷した。いかだからつるす現在の方式が導入されたのは大正末期。広島湾には軍港などがあり、海面利用が制限されていたため、本格的な普及は終戦後だったという。
兼保さんは、手法こそ変わっても、海が穏やか▽閉鎖性海域のため採苗が容易▽川が多く、山や人里から養分が豊富に供給される―などの好条件が重なり、養殖を支えたとみる。百万都市の地先で育つカキは、瀬戸内海の生産性の高さを示す代表選手でもある。
そんな優等生も荒波にもまれる。埋め立てによる環境の変化、水質の悪化、赤潮、海水の貧酸素化…。他産地の追い上げもある。さらに、今年は台風の直撃を受けた。
「経験や自然の恵みに頼るだけでは、やがてじり貧になる」。地御前漁協(廿日市市)の青年部長中野栄治さん(34)たちは新たな展開を試みる。
一粒ガキだ。通常はホタテ貝の殻に数多く付着させ、ワイヤに通してつるす。一粒ガキは、細かく砕いた貝殻に一個ずつ付着させ、円筒形のかごで養殖。成長段階での競合が避けられ、移動も容易なので、最適環境の海域で養殖できるなど利点は多いという。
味の違いを実感
青年部は天然よりも二、三カ月早い時期に採苗する技術も確立。一年未満で出荷できる「わか」にも取り組む。いかだに横付けした船上で、試食させてもらった。口に入れ、かんだ瞬間、素人でも通常の二、三年ものとの違いが分かる。「甘みがあり、しつこくないでしょ」と中野さんが目を輝かせた。
高校、大学とも工業系の学科で、カキとは無縁だった。が、「頑張れば、やりがい、財布に直結する」と家業を継いだ。飲食店などへの販路拡大にも取り組む。
「産地として生き残るには、生産者の連携と同時に、各人が工夫し、互いに品質を競うことも必要だ」。元青年部長の川崎健さん(43)は一連の先進的な試みを次々と提案してきた。「日本一の海が目の前にある。そこで日本一うまいカキを生産し、お客さんに責任をもって届ける。それが海に報いることでもある」。カキには、そんな信念が込められている。
2004.12.5
写真・田中慎二、文・三藤和之