english


国内版フェアトレード
命の「支え」 農家に思いを


「フェアトレード」という言葉を最近よく耳にすると思います。これは先進国と途上国との間の公正な取引という意味です。私たちはコーヒーや刺しゅう入りの小物といったフェアトレード商品を、店頭やインターネットで手軽に買えるようになりました。

では、「国内版フェアトレード」という言葉を聞いたことがありますか。私たち消費者が、国内で生産された農作物や加工品を買い支えようという動きです。

買い物の時、ついつい安さばかりを求めていませんか。いつも口にしている食べ物は、農家の人たちが農業を続けていけるだけの値段なのでしょうか。

農家の跡を継ぐ人が不足している原因の一つに、農業では生計を立てにくいという現実があります。「適正な価格」とは何でしょうか。私たちの「命」を支える大切な食べ物について考えました。


農の現場

乳牛飼育・トマト栽培 レストランや加工品 経営強化

■牛乳が特売品に。メーカーの買い取り価格低下。
牧場見学で、ジュニアライターたちに説明する沖さん(右端)

東広島市豊栄町の沖正文さん(51)は牧場「トムミルクファーム」を経営しています。約220頭の乳牛を飼い、年間約1200トンの牛乳を生産、出荷しています。

原爆投下で運送業を辞めた祖父が1950年ごろ、酪農を始めました。沖さんは80年からこの仕事をしています。

殺菌、箱詰めする牛乳メーカーの買い取り価格は、沖さんが仕事を始める数年前をピークに低下。スーパーで牛乳が特売品になり、メーカーに安くするよう求められたことが理由の一つだそうです。

そんな中、沖さんは2005年から、牧場でアイスクリームの加工、販売を始め、今春からはミルクカレーが食べられるレストランを併設しました。牛乳の生産だけでなく、加工、販売に直接かかわることで利益を上げ、経営強化を図っています。

また、酪農について広く知ってもらおうと、牧場見学も受け入れています。沖さんは「牛乳は工業製品ではない。生き物から命を恵んでもらっていることを理解してほしい」と力を込めます。

■つやなしだと出荷できず。

広島県北広島町の西田達樹さん(39)は、ミニトマトを栽培して3年目になります。農業を軌道に乗せるため、肥料を自動で注入できるようにしたり、つやがなくて出荷できないトマトをケチャップに加工してもらって無駄をなくしたりと、知恵を絞っています。

西田さんは「農業で生計が立てられることを実証し、農業がやりたいという人を増やしたい」と意気込んでいました。(高3・岩田皆子、高1・坂田弥優、中3・末本雄祐、中2・高矢麗瑚)

ミニトマトを栽培している西田さん夫妻(撮影・高1坂田弥優)

流通・販売

宅配用の野菜を手にする「いきいき産直」の加藤さん(撮影・中3来山祥子)

近隣作物 注文受け宅配 −いきいき産直

「いきいき産直」は2006年、代表の加藤憲章さん(59)=福山市=たち生産者が中心となって始めました。広島県や島根県の農作物を、市場を通さず仕入れ、注文を受けて宅配しています。

仕入れ価格は、生産者が決めます。国産飼料を中心に育てた牛肉、無農薬や低農薬の野菜を、広島県内の約1000世帯に配っており、子育て世帯にも人気があるそうです。

公害問題を背景に、食の安全に対する意識が高まった1975年ごろ、加藤さんは大阪府北部の能勢町で畜産や野菜の栽培を開始。20年ほど前、農場が狭くなり尾道市瀬戸田町に拠点を移しました。宅配は「信頼できる生産者と消費者をつなげたい」という思いでスタートしました。

生産者が持続して農作物を生産し、消費者も安全な食べ物が買えるという理想的なサイクルをつくるために、「生産者、流通業者、消費者の3者が対等にならなければならない」と話していました。(高2・矢田瑞希、高1・城本ありさ)




一定価格で直接仕入れ −ヴェルデ(福岡)

店内で接客するヴェルデの秋山さん(左)

福岡県内で二つの青果店を営む「ヴェルデ」。スタッフが畑で取れたばかりの野菜を直接仕入れて販売しています。お客さんの手元に新鮮な野菜を届けられることが人気の理由です。

生産量にかかわらず、農家からいつも一定の価格で買い取っています。それは農家の収入を安定させるためです。例えば、豊作であれ不作であれ、レタス1個の仕入れ値は105円です。その代わり、低農薬、無農薬といったおいしい野菜を生産してもらうようお願いしているそうです。

仕入れ値に合わせ、消費者への売価も一定です。スーパーより高くなることもありますが、お客さんに納得して買ってもらうために、説明しながら売る「対面販売」に力を入れています。毎日4、5種類の試食を提供し、味の良さをお客さんに確認してもらっています。

ヴェルデは、農業機械メーカーに勤めていた秋山公さん(52)が2002年に始めました。店舗と卸売りで売り上げは年間約1億2000万円です。現在取引がある農家は100軒ほどです。

秋山さんは、消費者が日本の農業の将来を考えながら買い物をしてもらえるようになることを願っています。(高1・田中壮卓)


提言

まちづくり会社代表 井上弘司さん

安さばかり求めず、地元産買うことが大事


「消費者が安さばかり求めると、生産者は農業を続けられなくなる。私たちの『命』を守る食べ物がなくなってしまう」と話すのは、長野県飯田市の元職員でまちづくりのコンサルタント会社「地域再生診療所」の代表、井上弘司さん(59)。農村振興のアドバイスのため全国を回っている井上さんは、「国内版フェアトレード」を提唱しています。

日本の農作物は人件費や種代など生産にかかわる費用に比べ、安く取引されていると指摘します。天候に左右されたり、病虫害の被害に遭ったりすることもあります。「手間暇かけて作られているのに、計画的に大量生産できる工業製品と同じように安売りされるのはおかしい」と訴えます。

通常、農作物は生産者から農協、市場、小売店などを通じて消費者に届きます。生産者がそのまま経費を上乗せした値段を付けると、消費者に買ってもらえないのです。

日本の食料自給率(カロリーベース)は4割を切りました。問題の解決に向け、「消費者や流通業者、生産者が互いに思いやることが大切だ」と井上さん。一人一人が農業を知り、地元で生産された食べ物を買い支えることが大切だと強調します。

東日本大震災の後、被災地の農作物を買い支える動きがありますが、これも国内版フェアトレードの考え方の一つだと言います。井上さんは日本中の食べ物を大切にするという意識が広がることを願っていました。(高2・熊谷香奈)



消費者団体NPO法人代表理事 瀬川徳子さん

作り手に興味持つ ◆ 感謝し食べきる ◆ 手前の牛乳選ぶ
日本の農業、守るための行動取ろう。


「賢い消費者になる必要がある」と説く瀬川さん(撮影・中2高矢麗瑚)

消費者団体のNPО法人「いきいき農業応援し隊」(広島市安佐南区)の代表理事、瀬川徳子さん(63)に「国内版フェアトレード」のために、私たち消費者に何ができるか聞きました。

瀬川さんは、日本の農業を守るための行動が国内版フェアトレードにつながると言います。(1)農作物を誰が作ったのか興味を持つ(2)食べ物に感謝し残さず食べる(3)地元の農産物を買う(4)形の悪い農作物でも味は変わらないことを知る(5)牛乳は消費期限が早い手前から取って買う―ことなどが大切だそうです。

例えば曲がったキュウリは、普段スーパーでは目にしませんが、農家が直接持ち込む「産直市」などに行けば買えます。農家が付けた値段であり、誰が作ったかも分かるので安心して食べられます。また農家も作った野菜を無駄にせずにすみます。

瀬川さんは、消費者が安いものを買うことが必ずしも悪いとは言い切れないと前置きし、「食べ物を選ぶ時の基準が値段なのか、安全・安心なのかを決めるのは消費者自身。賢い消費者になる必要がある」と強調します。(高1・井口優香、中1・松尾敢太郎)