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第1部 歴史を超えて
5. 地域との融和 対話を重ね被害解明へ 2007.03.03

 放射線影響研究所(広島市南区、放影研)の敷地に、六十センチほどの苗がにょきっと顔を出す。被爆したアオ ギリの種から芽吹いた二世。職員らが周りにスイセンを植え、成長を見守る。

 「少し幹が太くなったようじゃね」。放影研の成人健康調査に協力を続ける被爆者の深山久郎さん(82)と文 子さん(79)夫妻。前身の原爆傷害調査委員会(ABCC)から財団法人に改組されて三十周年の一昨年、記念 式典に招かれ植樹した。

 放影研の研究は、深山夫妻のような多くの被爆者に支えられてデータを蓄積、その成果が国際的な評価を得てき た。一方で、地元にはABCC時代の強引な調査の印象や、米国の核開発を担うエネルギー省が所管していること から、いまも不信は残る。

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 被爆者が国を相手取り、提訴している原爆症認定集団訴訟。放影研とのかかわりは直接ないとはいえ、国が認定 基準としている物差し「原因確率」は、皮肉にも被爆者調査で蓄積したデータから算定された。

 その単純な当てはめは一連の地裁判決で否定されたが、それでも固執する国は高裁に控訴した。大久保利晃理事 長は「人間には放射線に強い弱いがあり、同じ量の放射線を浴びても影響が出ない人がいる。可能性の高い低いは 科学で証明できても、ないとは言い切れない。だから裁判にもなる」と指摘する。厚労省の所管でありながら、「科 学と社会的見地は違う。社会的にどう被爆者を救うかが問われている」として国とは一線を画す。

 放影研はABCC時代の印象から脱皮しようと、改組後の一九七五年から地域の被爆者や行政、医療関係者によ る地元連絡協議会を開き、対話を重ねる。四年前からメンバーに加わる日本被団協代表委員坪井直さん(81)は、 半世紀以上前、苦い経験を持つ。裸にされ、全身調べられただけで説明もなかった。「いったい私は何なんだ」と 不快感を抱き、通うのをやめた。

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 その坪井さんも「被爆者は、何でも放射線のせいだと思ってしまう気持ちがある。だからこそ被爆者の思いを届 け、逆に現段階での科学的知見を説明してもらう機会は重要だ」と実感を込める。

 原爆投下国の占領下、複雑な市民感情がうずまく中に生まれ、試行錯誤してきた放影研。大久保理事長は「地元 の協力で蓄積できた研究と、被爆者が有機的につながる必要がある」と反省を込める。その一つが、放影研の現状 を広く知ってもらうために一昨年改定した市民向けパンフレット。事務局には広報機能を持つ広報出版室も置いた。

 原爆被害の全体像は今も解明されていない。特に遺伝的影響、低線量被曝(ひばく)などは謎に包まれている。 「私たちのデータがここにある以上、私たちの子どもの世代にちゃんと生かしてほしい」。深山さん夫妻は、アオ ギリに願いを込める。広島の地にしっかり根付き、次代に枝葉を広げるように―。(森田裕美)=第1部おわり

【写真説明】1年ほど前に植樹した被爆アオギリ二世の成長に、放影研の未来を重ねる深山夫妻



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