中国新聞

第1部 島で

■ 5 ■ 計算違い

 牧場の島 泳いで脱出

「猪変(いへん)」
(02.12.14)


 きばも、鼻も短い。耳たぶは大きく、子を産む数が多い―。広島 県瀬戸田町の生口島にいるのはイノシシではなく、大半がイノブタ だと、地元の猟友会員たちは言う。

 一九九〇年ごろ、島内に突然現れた。当初一ケタ台だった捕獲数 が、九八年に百四十七頭と急増。二〇〇〇年には、二百四十五頭を 数えた。

 さかのぼる八五年ごろ、島内の飼育場から逃げ出した。それが繁 殖の元だと農家は疑い、飼い主(故人)は「岡山産の純天然で、脱 走も一頭だけ」「わしの責任じゃない」と言い返した。

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地図 イノシシ牧場だった上黒島(手前)。その後、廃棄物の最終 処分場になった(上方左が下蒲刈島)

 似たような話をあちこちの島々でも聞いた。「うちの島におるの はイノブタ系。肉用に飼っとたのが逃げ、泳いできたのと掛け合わ さって、増えたんよ」と。

 芸予諸島で繁殖しているのが、イノシシか、イノブタか。実は、 定かではない。狩猟獣のイノシシは、猟期中に合法的に捕れば、後 は食べてもいいし、飼ってもいい。誰が飼い、逃がしたのか、誰も 知らないというのが実情のようだ。

 ◇ ◇

 「瀬戸内海の島でイノシシやイノブタを飼う知恵をつけたんは、 わしかもしれんね」。広島市中区の流川地区で小料理店を営む菅原 好信さん(76)が目をつぶって、思い出話を始めた。

 七七年夏、菅原さんは古里の広島県下蒲刈島に立ち寄った。対岸 の無人島、上黒島に渡って、驚いた。島で畑作が盛んだった昔は農 薬で姿を消していたカニが、浜辺に何十万匹といた。カニはイノシ シの大好物。「えさは無尽蔵、周りの海は天然のおり。うってつけ の牧場じゃ思うてな」

 当時、菅原さんは広島市内に山菜とぼたん鍋の店を出し、食材は 自分が猟で調達していた。肉がいつでも手に入る牧場は、夢だっ た。親族がほとんどの地権者に許しをもらい、夏の間に大小十二頭 を島に放した。「後は、増えるのを寝て待つだけ」のはずだった。

 「おい、イノシシが沖を泳いどるで」。二カ月後、連絡が入っ た。駆けつけると、十二頭がすべて、島から消えていた。ほどな く、約二キロ離れた対岸の上蒲刈島、下蒲刈島で「畑を荒らされ た」と農家が騒ぎだした。「泳ぎ上手なのは知っとったよ。じゃ が、瀬戸を渡るとは誤算じゃった」

 ◇ ◇

 真っ先に繁殖の広がった島、倉橋島も発端は脱走だった。八五年 ごろ、島の東部で飼われていたイノシシが逃げた。その数、わずか 雄雌十頭。今や、千頭を超すという。駆除につぎ込んだ金額は九〇 年度から通算で八千万円近い。

 やはり飼育イノシシが逃げた大崎上島でも今、駆除にてこずって いる。追われると、賢いイノシシは安全地帯に逃げ込む。島中央の 町境にそびえる神峰山の一帯。瀬戸内海国立公園内の鳥獣保護区で ある。

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