中国新聞

第2部 山里で

■ 3 ■ 1頭10万円

 盆地の町 猟果上がらず

「猪変(いへん)」
(03.1.23)


 イノシシの駆除に「一頭につき十万円」という、破格の奨励金を 出す自治体がある。中国山地の丘陵に開けた岡山県勝央町。中国五 県の中で、ずば抜けて高い。隣り合う一市五町でも、奨励金は五千 ~二万円どまりだ。

 ◇ ◇

 イノシシは一九九四年に突然、町内に姿を現した。「ここらは、 キジの宝庫でな。イノシシのように大きな獣は、おらなんだ」。四 十年間、猟を続けてきた町の猟友会長、竹久美好さん(65)は不思議 がる。

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地図 イノシシのヌタ場(手前)があった黒豆畑脇の休耕田。写 真奥の山が町境(岡山県勝央町)

 農家はもちろん、無警戒だった。食害といえば、ハトかカラス。 対策は、作物に防鳥ネットをかぶせるぐらいだった。無防備な田 畑。イノシシは深夜、人知れず餌場を広げていった。

 被害が広がり、九七年、農家からの苦情が急増した。慌てた役場 が打ち出したのが、十万円の奨励金だった。「前の町長の考えで ね。イノシシを捕まえにくい地形を配慮したんです」。町産業課の 福田慶三課長補佐(50)は、当時を振り返った。

 町内は、なだらかな丘陵が囲む盆地。獲物を追い込める谷が無い から、小人数では追えない。駆除班は、一チーム十二人の大所帯で 動く。肉も奨励金も参加者で山分けだから、一人分は数千円にしか ならない。十万円は決して高くないのだ。

 駆除の成果は思わしくない。年間に十頭も捕れない。「罠(わ な)を仕掛ける方が、楽に捕れんかね?」。駆除班の問いかけに、 役場は渋った。「山際には民家が多い。罠の危なさを知らない子ど もがけがでもしたら、許可した町に賠償責任が負わされる」

 罠なら一人でも仕掛けられ、奨励金を独り占めできる。やっかむ 声が広がれば、せっかく組んだ駆除班のやる気もそがれてしまいか ねない。

 ◇ ◇

 町としてはもう一つ、守りたいものがあった。日本一の生産量を 誇る特産の黒豆である。八五年から栽培を勧め、今では耕地の20% 近い二百七十ヘクタールを占める。町を貫く中国道で関西地方に運 ぶと、市場で一時は一キロ当たり二千円、コメの十倍近い買値が付 いた。

 黒豆農家の松尾節子さん(66)が、山向こうの美作町を見やる。 「人が引く町境なんか、お構いなしですから。ひょいと越えて来 る」。収穫間近の畑に、イノシシが食べ残した黒豆の皮が散らばっ ている。

 昨年秋、松尾さんの畑近くで体重百キロ近くありそうな雄が見つ かった。休耕田をヌタ場にしていた。駆除班員が追ったが、美作町 の山に逃げ込まれた。町境を越えると、鉄砲は撃てない。

 「いっそ、さくで町ごと囲ってしまえばええが、そんな金はない し…」と町産業課。最近、鳥獣保護区の森林公園で、イノシシが目 撃された。周りには黒豆畑が広がる。迎え撃つ決め手は、まだ見つ からない。

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