中国新聞

第2部 山里で

■ 7 ■ 米どころ反撃

 根絶やしはかり多額の予算

「猪変(いへん)」
(03.1.28)


 イノシシのひづめ跡が点々と、山肌や川岸の新雪に残る。中国山 地の島根県仁多町は、雪化粧で新年を迎えた。
地図

 仁多町はイノシシ対策に本年度、中国五県の市町村で最も多額の 千六百三万円をつぎ込んだ。「町の宝、仁多米を守るためですか ら」と町の景山利則農林課長(54)。

 町面積の九割近くを山林が占める。入り組んだ谷に棚田を刻み、 代々守り継いできた。源流の岩清水、肥えた土、寒暖差の大きな気 候…。「仁多米は、奥出雲の水と土、風の結晶」と、地域を挙げて 誇る。

 全国でも最高ランクの米どころは、獣害に悩まされ続けている。 サルの群れが減った一九九五年ごろ、今度はイノシシが増え始め た。九七年度に三十頭どまりだった駆除頭数が、九八年度は七十頭 と倍増した。

 ◇ ◇

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雪害を気遣い、鉄筋さくを見にきた杠さん。味自慢の仁多 米の防護を託す(島根県仁多町)

 「どんどん捕ったが勝ち」と、町は九九年春に捕獲奨励金を大幅 アップ。イノシシ一頭当たり六千円だったのを二万円に弾んだ。駆 除数も跳ね上がり、その年百七十七頭と倍増、二〇〇〇年度はさら に三倍増の五百二十五頭に達した。

 中国地方で随一の対策予算も、九割近くは捕獲奨励金に充てた。 過去最高の七百頭分だ。

 「農業に邪魔なんだから、捕り尽くせばええ。見たけりゃ、動物 園に行けばええんです」。岩田一郎町長(77)は、あっけらかんと言 い放つ。近年なぜ増えたのか、原因探しは二の次、と言う。

 連続で五期目。会社員並みの農家所得をめざし、農政に投資を惜 しまずにきた。一年中、おいしい米を出せる冷蔵式カントリーエレ ベーターやたい肥センターを建て、販路の開拓に第三セクターも設 けた。

 地方分権で九七年度から、イノシシ駆除の許可権限が知事から市 町村長に移ったのも、岩田町長の強腰を支えている。

 町民は、まだ冷静だ。「根絶やしと力んでも、隣町の山に逃げ る」「捕り尽くしたら猟にならん。ハンターも、そこまではせん よ」。そう言って、自衛策に精出す。

 ◇ ◇

 町北部の郡(こおり)集落は一年前、イノシシよけに延長七キロ の鉄筋さくで、地域をまるごと囲った。約三百万円の経費は、戸数 の九割近い農家が相談し、「中山間地域等直接支払制度」で賄っ た。

 「防護さくは金もかかるし、力仕事。自力で囲えない高齢世帯や 独居の家は、隣近所ともめ事になりかねない。和を考えて、集落共 同にした」。まとめ役の杠(ゆずりは)富雄さん(75)は、わが田だ けを囲うトタン板の消えた田園風景に目を細める。もっとうれしか ったのは、さくを並べるのに若者が年配者をいたわる光景だった。

 郡集落のように、地域ぐるみで防護さくを張れる所は少ない。農 村といえども、集落のきずなは確実に薄らいでいる。

(おわり)


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