中国新聞

第3部 欧州事情

■ 2 ■ 敵役は人

 ハンターに公益と誇り

「猪変(いへん)」
(03.2.18)


 「野生動物の問題というのはポーランドの場合、狩猟鳥獣の問題 と考えてくれればいい」。同国内でヒグマやイノシシなどの大型獣 を調べているペジャノスキー博士(50)の説明は、単純明快だった。 かなめは、人間の出方なのだ。

 ポーランドは市街地などを除き、国土の80%を「猟区」という五 千ほどの管理猟場が占めている。一つの猟区は三千ヘクタール以上 がルール。有明海の干潟や富士山ろくの樹海より広い。猟区の20% 近くを営林署が管理し、残りは国内に三千五百ほどある狩猟クラブ が引き受けている。日本の猟友会に当たる組織だ。

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地図 ベルト状に延びる給餌用の森の畑。小さなジャガイモが転 がっていた(ポーランド南東部)

 「狩猟クラブは三つの義務を負う」と博士は言う。給餌、密猟の 監視、鳥獣センサス(生息数調査)の三つ。草食獣に栄養障害を防 ぐ岩塩をやったり、森に畑を作ってイノシシやシカが里まで下りて こないようにするのが給餌。センサスは、撃ってもいい野生動物の 種や数を政府が判断する基になる。

 猟区で捕れた鳥獣の肉は、公社が輸出用に買い上げる。その売り 上げや政府補助金、一万円ずつの年会費がクラブの収入源。獲物が 多い猟区ほど人気が集まり、財政は潤う。一方で、イノシシなど狩 猟獣による農業被害は、クラブが償わなければならない。森に獲物 をとどめ、里の農地に近寄らせなくする給餌は、一石二鳥の策のよ うだ。

 公益を背負う分、ハンターの社会的な地位は日本と比べて格段に 高い。そのせいか、ポーランドのハンターは約十万人で横ばい。日 本は人口が約三倍なのに、ハンターは二倍足らずの約十六万五千人 (銃猟)で、年々減り続けている。

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 「狩猟は、ヨーロッパでは文化。人生の実りの時である熟年期 を、豊かに味わうライフスタイルなんだ」。首都ワルシャワで会っ た生態学者、イェドリッチコウスキーさん(59)は誇らしげに言っ た。彼自身も狩猟免許を持っている。

 狩りの朝は早い。友人たちと森に入り、日が暮れるころ、獲物を 家に持ち帰る。猟仲間や家族ともども暖炉を囲み、肉料理やワイン を味わい、談笑を楽しむ。その一部始終が狩猟なんだと、イェドリ ッチコウスキーさんは熱心に説く。「肉だけを堪能したいんだった ら、スーパーでもファストフード店でも行けばいい。狩りは違う。 スローフードの世界なんだ」

 狩猟熱をうまく生かし、野生動物の勢力をコントロールする盾に 使っているポーランド。イノシシやシカなどの獣害を抑え込む敵役 を、ハンターたちは任じている。人間が、野生動物たちの天敵なの だ。

 ポーランドにはもう一種、イノシシの天敵が生きている。日本で は既に絶滅してしまったオオカミである。

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