中国新聞

第3部 欧州事情

■ 4 ■ 初猟

 「知恵比べ」根強い人気

「猪変(いへん)」
(03.2.21)


 パリから南東に約二百二十キロ。ワイン産地で有名なシャンパー ニュ地方の森シャトービランで昨年秋、イノシシの初猟に飛び入り させてもらった。

 シャトービランには約一万一千ヘクタール、フランスで最大級の 国有林が広がる。そのうち八千ヘクタールほど、東京都の山手線の 内側より広い面積を猟区として、狩猟者団体に賃貸しする。賃料は 年間で総計数千万円に上る。それで帳じりが合うほど、狩猟の人気 は高い。

 ◇ ◇

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地図 一番の獲物を品定めするハンターたち。頭の下にカラマツ の葉をささげた(フランス・シャンパーニュ地方)

 「プォー、プォー」。初猟は、主催者フランソワ・ジュリさん (55)の吹くホルンで始まった。ジュリさんは、一円で狩猟者ホテル やレストランを幾つも経営している。「きょうは猟が終わるまで、 私のそばを離れないで」。縁の赤い、おしゃれな眼鏡の奥が真顔に なった。

 この日は、追い出し猟と呼ぶ伝統スタイルだった。一キロ四方の 猟場の四辺を、ライフルを構えた撃ち手が百メートルほどの間隔で 囲む。一辺に、追い出し役の勢子(せこ)や猟犬が横一線に並んで 出猟。物陰に潜むイノシシを奇声や音で脅かしながら、列を崩さな いように進む。撃ち手、勢子ともに約五十人ずつが加わった。

 ホルンで「進め」「休止」と合図を送るジュリさんと、勢子の列 に並んだ。起伏が少なく、息が切れない。森の中は碁盤の目のよう に道が切られ、つじに区画を示す番号札が掛かっている。左右の勢 子の進み具合が、楽に見通せた。

 そんな散歩気分が一瞬で、かき消えた。

 「こんな所が、ねぐらなんだよ」。ジュリさんが道端のいばらの 茂みを探った途端、黒い塊が走った。「逃げたぞー」「東へ、大小 五頭」。殺気立つ狩人、追う猟犬。血迷った雄イノシシが飛ぶよう に向かってきた。こちらが身構える間もなく、反転し、森の奥へ。 「パーン」。乾いた銃声が返ってきた。

 野生のスピードと鮮やかなターン。「猪(ちょ)突猛進なんて、 大ウソだな」と実感した。早朝から日暮れまで、追い出し猟は場所 を変え、三度繰り返した。獲物は締めて五十頭ほどと聞いた。

 ◇ ◇

 ジュリさんの猟区では四カ月間の猟期中、十五回ある週末ごとに 猟を続ける。一番の人気はイノシシ猟。「隠れるのがうまくて、な かなか姿を見せない。知恵比べが面白いんだ」。帰り道、ハンター たちは口をそろえた。シカ猟は「初心者向けの、ままごとだ」と、 にべもなかった。

 一冬に、イノシシを撃つための狩猟権は三十五万円。シカも狙う なら、もう三十五万円いる。鳥獣の数を増やすほど、猟区の評判は 上がる。

 「でも、そう簡単な話じゃないんだ」とジュリさん。猟場と隣り 合わせの農地で獣害が起きれば、狩猟者団体が被害補償をしなけれ ばならないというのだ。

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