中国新聞

第3部 欧州事情

■ 5 ■ 奥の手

 森に餌まき「封じ込め」

「猪変(いへん)」
(03.2.22)


 シャトービランの森を、電気さくが囲っていた。一軒ずつ田畑の 際に張り巡らせる日本の風景とは違う。

イノシシの好物ランキング

 「猟場からイノシシやシカを逃さないよう、狩猟者団体が張るん です。獲物を閉じ込め、農業被害も防げるから」。国立狩猟研究所 のイノシシ調査班リーダー、エリック・ボベさん(35)が解説してく れた。一帯を研究のフィールドにしている。

 害獣対策にもう一つ、奥の手がある。まき餌だ。収穫の秋が近づ くと、狩猟者団体は猟区にトウモロコシをまく。隣り合う畑に出て こないよう、森で満腹にさせ、引き留めてしまうのだ。

 ◇ ◇

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獣を森に閉じ込める電気さくの効果を話す国立狩猟研究所 のボベさん(フランス東部)

 二十数年前、シャトービランの農業技師が思いついた。今はフラ ンス全土に広がっている。イノシシ好みの餌であるほど、効果が高 い。好物ランキングを作ろうと、研究者は被害作物のリストや調査 用のわなに使う寄せ餌の善しあしやなどの情報をかき集めた。

 調べた結果、上位はブナの実やドングリなど、木の実が占めた。 トウモロコシ、乳熟期の小麦、ブドウと続き、ジャガイモやビート (てん菜)は下位だった。まき餌は安上がりなトウモロコシが大半 だ。一頭当たり、一日に一キロ以上まく。森で木の実が落ち出すこ ろまで、続ける。

 日本にも、イノシシが食い荒らした作物リストはある。島根県が 聞き取り調査(一九九七年)で農作物や果樹、山菜など計三十五種 に及ぶイノシシの雑食ぶりを裏付けた。フランスは一歩進め、順位 を付けた。

 「お米もきっと、上位ですよ。島根米は特別おいしいからね」。 ボベさんは一九九九年秋から二年間、大田市の鳥獣害研究室に在籍 し、中国山地を歩いた。

 獣害を山でとどめる「森の畑」構想は、宮城県の市民団体がクマ 対策で取り組んでいる。効果がある半面、批判にもさらされてい る。「栄養状態をよくすれば、繁殖力もついて増え過ぎる」という わけだ。

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 そんな批判を投げかけると、ボベさんの顔が曇った。「確かに、 まき餌の欠点はそこなんです」。フランスの狩人たちの間で、春の 出産期だけでなく、秋に産まれたウリ坊の目撃談が出始めたとい う。「一年に二度出産」の可能性まで、ささやかれている。

 「狩人たちは、研究の大事なパートナー」とボベさん。習性を知 れば、成果が上がるのは狩りも研究も一緒だと言う。ただ、獲物を 増やしたい狩人と、農家の利害も背負う研究者との摩擦は避けられ ない。

 狩猟と農業との調和を保つ役割を、フランスの研究者は担ってい る。

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