中国新聞

第3部 欧州事情

■ 6 ■ 猟ビジネス

 味と宿 地域ほくほく

「猪変(いへん)」
(03.2.24)


 フランスのイノシシ事情を取材中、狩猟者用ホテルに泊まった。
地図

 シャトービランの森に近い、小ぎれいな二階建て。玄関の脇にラ イフル棚がある。イノシシの素描やパステル画が廊下や部屋の壁に 掛かる。夕食の時間になると、同宿の紳士が猟犬を連れたまま、一 階のレストランに入って行った。

 あるじは、初猟に招き入れてくれたホテル経営者ジュリさん(55) の娘婿だった。初猟の明くる日、仕留めたイノシシの料理を昼食に 頼むと、調理の一部始終も見せてくれるという。

 ◇ ◇

 「ようこそ」。調理場で、コック服の女性が笑顔で迎えてくれ た。シェフ(料理長)のイザベル・デュモンさん。ジュリさんの娘 だった。

 天井に、半身のイノシシがつるされている。胴にライフル弾の 穴。デュモンさんは巧みに皮をはぎ、関節を外し、肉を切り落とし ていく。「本当はね、三、四日ほど保冷室で熟成させた方がおいし いの」

Photo
獲物のイノシシをさばき、料理するデュモンさん(フラン ス東部)

 イノシシ料理の種類は数多いという。この日の献立は、ぶつ切り のイノシシ肉と玉ネギ、ニンジン、カブなど根菜の煮込み。肉をオ リーブ油でいため、ソースは地ビール入り。前菜には、地元のキノ コを加えた獣肉のテリーヌが出た。

 フランス料理では、狩猟で捕った鳥獣を「ジビエ」と呼び、晩秋 や冬の味として親しんでいる。日本語で言う、旬のものに似通って いる。

 「最近、都市部の人たちも狩猟文化に興味を持ち始めたのか、取 材によく来るのよ。猟がもっと普及して、田舎の事情を知ってもら うきっかけになるといいわね」とデュモンさん。

 ◇ ◇

 狩猟権を売り、獲物の肉は地域の精肉業者に卸す。地元資本のホ テルに狩猟者を迎え、レストランでジビエを出す…。地域内にカネ を回すコミュニティー・ビジネスの仕組みが、狩猟を軸に整ってい る。初猟の時にイノシシを追い立てた勢子(せこ)たちも皆、金で 雇われた地元住民だった。

 「フランスでは、狩猟はビジネスなんですよ」。取材の通訳を買 って出てくれた国立狩猟研究所のエリック・ボベさん(35)は同行 中、何度も繰り返した。その言葉には、二つの意味がより合わさっ ていた。

 一つは「カネ勘定の狩猟が行き過ぎると、野生動物の行く末が危 ない」という心配。もう一つは「ハンターは、人と獣との間合いを 取る力になる。狩猟をめぐって地域にカネが回る仕組みがないと、 狩人は減ってしまう」という現実論。

 研究先だった島根県でイノシシ被害に悩む中山間地域を見ている ボベさんは、旅の終わりに問いかけてきた。「日本こそ、狩猟がも っと、地域のビジネスになってもいいはず。なぜ、やらないんでし ょう」

(おわり)



| TOP | BACK |