中国新聞

第5部 食らう

■ 2 ■ 「家畜」未満

 法の網 商品化に「待った」

「猪変(いへん)」
(03.4.24)


 とろっとした豆乳で仕上げる風変わりな猪(しし)鍋がこの春、 オープン二年目の広島県作木村「江の川カヌー公園さくぎ」の売り 物になるはずだった。

 中国地方で最大流域を誇る江の川の上流。風土を生かした公園ら しく、食材も地の物にこだわろう、という心意気だった。食堂を預 かる自治区の一人、主婦滝岡万里子さん(48)が「私自身は、猪肉は 食わず嫌い。でも地元貢献になるなら」と、知り合いの板前から鍋 を教わった。

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江の川カヌー公園さくぎが今春試作した豆乳仕立ての猪鍋(広島県作木村)

 ハンターが我流でさばいた、おすそ分けの猪肉は臭みが残る。豆 乳は、におい消しの秘策だった。試作を重ね、「これなら出せる」 と風味も落ち着いたころ、思わぬ難問が待ち受けていた。食肉の処 理や販売の営業許可を持たないハンターから手に入れた猪肉は店に 出せない―というのだ。

 イノシシは家畜でないから、五十年前にできたと畜場法で、食肉 解体場には持ち込めない。解体し、市販するには、食品衛生法に定 める食肉処理や食肉販売の許可を受けなければならない。

 ◇ ◇

 例外はある。猟や駆除の獲物を親類や近所に配る、おすそ分けは 問題ない。たとえ肉から細菌や寄生虫がうつっても、それは「自己 責任」という考え方だ。「日本に来たヨーロッパの研究者たちは 皆、目を丸くするんですよ。日本では検査もせずにイノシシやシカ を食うのか、って」。猪肉の国内流通を調べた東京農工大の神崎伸 夫助教授(野生動物保護学)にも、野生鳥獣の肉は、公的な衛生管 理体制からこぼれているように映る。

 イノシシは、豚の先祖に当たる。豚が患う病気には、イノシシも 同じようにかかる。

 家畜の変死などを調べる岡山県岡山家畜保健衛生所(御津町)に は近年、牛や豚以外の鳥獣が持ち込まれるケースが増えている。ダ チョウ、アイガモ、そしてイノシシ…。「世はグルメ時代。変わっ た肉を求める消費者に合わせ、衛生管理などの知識が不足したま ま、特産品づくりが進んでいる風潮の裏返し」と衛生所も、行政支 援の必要を感じている。

 ◇ ◇

 豆乳仕立ての猪鍋をこしらえた滝岡さんは結局、川向かいの島根 県の許可業者から、猪肉を調達した。さすがに脂が乗り、臭くな い。ただ、値段が高い。試作でハンターに譲ってもらった猪肉の二 倍以上する。

 試し売りしてみると、採算が合わない。「一人前を千円以下に抑 えると、猪肉は三切れぐらいしか出せない」。幸い、まろやかなス ープの評判は上々だ。いくらで献立に載せるか。川面にまた秋風が 渡り始めるまで、滝岡さんの思案は続く。

 未整備の野生獣の食肉流通ルート。これを開く試みが、北海道で 始まっている。「エゾシカを食卓へ」の運動である。

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