中国新聞

第5部 食らう

■ 3 ■ エゾシカを食卓へ(上)

 「害獣も資源」協会発足

「猪変(いへん)」
(03.4.26)


 阿寒湖の周りに広がる北海道東部の阿寒国立公園。三月末、雪が 覆う山すそで、四十頭ほどのエゾシカと出くわした。本州のシカよ り、ひと回り大きい。車で近寄っても、逃げない。

 園内には禁猟区が点在する。エゾシカにとっては安心な越冬地 だ。遠目には美しいニレやナラも、樹皮は食い荒らされ、丸裸の幹 が痛々しい。

 このエゾシカによる農林業被害が、北海道では一九八〇年代後半 から爆発的に増えた。小豆、小麦、牧草…。被害額は九六年度にピ ークに達し、五十億円を超えた。豪雪が減り、シカが飢え死にしな くなったともみられている。

Photo
3月、道路わきに現れたエゾシカの群れ。禁猟区のある公 園を越冬地にしている(北海道の阿寒国立公園)

 「捕るしかない」。道庁が大号令をかけたのは九八年度。狩猟と 駆除を合わせ、過去最高の八万四千頭を仕留めた。だが、繁殖の勢 いに歯止めはかからなかった。

 同じころ、「エゾシカを食卓へ」と題した本が書店に並んだ。 「害獣も地域の資源。食べて、人と獣の共生を図る」。執筆した北 海道大の大泰司(おおたいし)紀之教授(62)=生態学=の発想は、 駆除一本やりだったエゾシカ対策の中で注目を集めた。

 ◇ ◇

 毎年の獣害、仕留めた後の獲物の置き捨て、駆除費用の増加…。 こうした悩みを抱える農協や猟友会、町村などが連携して、九九年 二月、大泰司教授を会長に設けたのがエゾシカ協会だ。

 シカ肉を流通に回すことで、地域資源としてエゾシカと向き合う 活動が始まった。

 「エゾシカの肉は、高タンパクで低脂肪。医者から肉食制限され た人も、安心して味わえる。問題は、どう広めるか」。こうPR対 策に腐心する事務局長の井田宏之さん(48)=札幌市=は、エゾシカ よけ防護さくの製造会社に勤めている被害対策のプロだ。協会に は、井田さんのようなボランティア六十人が加わる。

 ◇ ◇

 海外視察も重ねた。「狩猟の時点から、肉の流通は始まる」とス コットランドのアカシカ協会に倣い、ハンティング・マニュアルも 作成した。

 銃を使うエゾシカ猟では、急所の胸部や頭を外すと、においの元 になる血やガスが肉に回って商品にならない。血液やはらわたの抜 き方もイラスト入りで載せた。

 森で樹上に足場を組み、餌でおびき出したエゾシカを撃つ欧州流 のハイタワー猟も実験してみた。「初心者や高齢者でも獲物を狙い 撃てるから、安全」。ハンターの評価は上々だった。

 道内には年間三千人のハンターが全国から訪れる。今秋から、有 料の猟区を試験的に設け、地域経済への波及効果を調べる計画だ。

 ただ、活動の財源は会費頼み。「今は実験や提言で精いっぱい。 先立つものがね…」。北海道大の研究室で大泰司会長がこぼす。何 をするにも、資金繰りが難しい。かぎは行政の支援だ、と言う。

| TOP | NEXT | BACK |