中国新聞

第5部 食らう

■ 4 ■ エゾシカを食卓へ(下)

 黒字転換へ運営試練

「猪変(いへん)」
(03.4.27)


 北海道東部の足寄町は全国の市町村で最も広い。一戸の農地は球 場がいくつも入るほど広く、道路や川まで通る。

 「畑を守るのに、山際しか網を張れなくてさ。それだけでも大仕 事だ」。エゾシカが越冬する阿寒国立公園わきの上足寄地区。農家 の畠正市さん(53)が、てん菜や小豆を植える三十五ヘクタールの畑 を見渡した。

 国と道の補助を受けて一九九六年、二十五軒の集落ぐるみで高さ 二メートルの防護ネットを張った。実に延長七十キロ。それでもシ カは網を突き破り、畑に侵入してくる。

 「今もエゾシカは憎い」と畠さん。「けどさ、地域を潤す肉資源 と考えれば見方が少し変わった」とも言う。きっかけは、被害農家 が町職員や猟友会員と十年前に結成したエゾシカ有効活用研究会 だ。シカ肉を売り、もうけを被害対策費に回すシステムづくりに、 有志たちが立ち上がった。

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「安全で、おいしいシカ肉を普及させたい」と、エゾシカ 解体処理施設で働く石井さん(3月、北海道足寄町)

 町内の農林業被害は年一億円を下らない。害獣駆除するシカは、 年間二千頭にも上る。駆除した後は、ごみ同然の扱いだった。それ を資源として活用しようという構想に、町も乗った。

 町は九六年春、エゾシカの解体処理施設をつくった。ブロック肉 やジャーキーのほか、みそ煮の缶詰は町内の食品工場に委託して製 造する。

 解体施設は、猟場や道の駅が近い足寄湖わきにある。「弾の当た り具合で、獲物のランクが決まるんです」と、作業を担う町職員O B石井俊貞さん(64)。高価なロース肉の部分が無傷ならAランク。 被弾の穴が多いと、ランクは下がる。施設は七月から、猟の最盛期 前の十月まで稼働する。シカ肉は、若草をはむ六月以降に味が良く なる。

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 ハンターが血抜きまで済ませた獲物を、一頭一万円で買い取る。 石井さんがブロック肉にして、金属探知機で弾の破片を取り除く。 真空包装をして、七五度の湯で殺菌。一キロ当たりでロース肉が四千 円、モモ肉三千円、バラ肉千円で売る。

 害獣の資源化を図る動きは、九九年に立ち上がるエゾシカ協会を 先取りしていた。だが、町農林課の石山武美さん(53)の表情はさえ ない。「解体の態勢は整ったけど、町の直営では苦しくってさ」。 施設に持ち込まれる数が採算ラインの三百頭を上回らず、年間二百 万~三百万円前後の赤字。料理店との相対取引も、町職員は苦手と いう。

 「施設の民間委託とか、運営の在り方を見直す時期かも」と石山 さん。足寄町の挑戦は、害獣の資源化の風見役を引き受けた格好 だ。

 「先を行く足寄町の実践で見つかった課題を一緒に考えながら、 シカ肉流通の拠点を増やしたい」。エゾシカ協会の大泰司(おおた いし)紀之会長(62)には、今が生みの苦しみの時期と映っている。

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